女性の生涯のウェルビーイングを、社会のしくみに。──女性の声を政策へつなぐ、日本女性財団の取り組み

コロナ禍で生まれた一通のSNS投稿――「困っている女性はここに来てください。お金の心配はしないで」。

その呼びかけから始まった日本女性財団は、女性の生涯のウェルビーイングを社会のしくみにすることを目指し、女性特有の悩みや不安を医療・福祉・行政につなぐ活動を続けています。

全国の支援者や企業、行政と協働しながら、女性たちの声を社会の仕組みに反映させてきた同財団。

「誰もが支える側にも、支えられる側にもなれる社会へ」──その想いを、代表理事の対馬ルリ子先生に伺いました。

Profile

一般財団法人 日本女性財団 代表理事
女性ライフクリニック 理事長
産婦人科専門医/母体保護法指定医
対馬 ルリ子先生(つしま るりこ)先生

産婦人科医・医学博士。2002年に「対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座」を開院し、女性の一生を通じた心と体のケアに取り組んでいます。現在は一般社団法人日本女性財団の代表理事として、医療・福祉・教育・行政・企業が連携し、女性の生涯のウェルビーイングを支える社会づくりを推進。全国の医療者や支援者とともに、現場の声を政策へ届ける活動にも力を注いでいます。

助けたい人が目の前にいたから”──財団誕生の原点

──コロナ禍の真っ最中に立ち上げられたそうですね。どんな思いがあったのでしょうか?

対馬先生:
2020年、銀座は人が消えたような静けさでした。そんなとき、国連のUN WOMENが「女性たちが家の中に閉じこめられ、危険にさらされている」と警鐘を鳴らしました。

その言葉を目にし、思わずSNSに「困っている人がいたら何でもやりますよ」と投稿。

すると、一晩で1,700件もシェアされたんです。

実際にクリニックへ連絡して来た人は多くはありませんでしたが、この呼びかけをきっかけに、医療、福祉、心のケア、性暴力支援、虐待予防など、さまざまな分野の人たちが「私も協力します」と手を挙げてくれたんです。

そうして仲間が少しずつ増えていく中で、「オンラインでも相談の場をつくろう」と呼びかけ、相談会や情報発信を始めました。

オンラインでは、普段は言えない悩みを打ち明ける女性が多く、見えなかった女性の課題が少しずつ浮かび上がってきました。

コロナ禍の中での診療(画像提供:一般財団法人 日本女性財団)

コロナ禍では、私自身も経営者としては大変な状況で、“困っている側”でもありました。それでも、「動くしかない」と感じた仲間たちと、一歩を踏み出しました。

日本女性財団の目的はとてもシンプルです。

  • 見えない課題を“見える化”する
  • 支援者や団体が横でつながる
  • 現場の声を政策に届ける

この3つです。

“助けたい”という行動から始まった取り組みが、こうして財団という形になりました。

見えない問題”を見える化する
──女性たちの現状を知る活動

──日本女性財団では、さまざまな支援活動をされていますが、まず、“女性たちの現状を知る”という部分に力を入れていらっしゃると伺いました。その背景には、どんな問題意識があったのでしょうか?

対馬先生:
女性の健康や生活の課題は、社会の中でとても見えにくいんです。

不調や不安を感じても、「我慢するしかない」「どこに相談すればいいか分からない」 と、一人で抱え込んでしまう人が少なくありません。

たとえば妊娠や出産、更年期、性感染症など、どれも身近な課題ですが「個人の問題」と片づけられがちです。

その背景には、
女性自身が正しい情報を得る機会が限られていること、
そして社会全体の理解がまだ不足していること。
この二つが大きく影響しています。

まずは、こうした実態をきちんと見える化しなければ、支援も政策も届きません。
そこが出発点になると考えています。

──「どこに相談したらいいか分からない」という声は、確かに多いですよね。

対馬先生:
本来なら家庭や学校、地域で体や心について学びながら“自分を守る力”を育てるべきと思うのですが、日本ではまだその仕組みが整っていません。

性や生理、メンタルの話題は「恥ずかしい」「触れにくい」とされ、日常の中で語られにくい現状があります。

そのため、体の不調を我慢したり、誰にも相談できなかったりする女性が多いのです。

──そうした声が届きにくいからこそ、“見える化”が必要なのですね。

対馬先生:
はい。
イライラや肌荒れ、便秘といった“よくあること”も、本人にとっては生活を左右するほど大きな問題です。しかも、原因はひとつではありません。
ホルモンバランス、ストレス、婦人科疾患、生活環境などが複数に絡み合い、長引く不調につながることもあります。
さらに、性暴力や貧困、孤立など“見えない傷”を抱える女性もいます。

最近では、若い女性の自殺率が上昇していることも深刻です。
一見“元気に見える”人の中にも、静かに苦しんでいる人がたくさんいます。
だからこそ、社会全体がその現実を正しく見つめ、課題として共有する必要があると強く感じています。

──こうした女性の健康課題は、年齢やライフステージの変化によっても大きく影響を受けるのでしょうか?

対馬先生:
そうなんです。
思春期、妊娠・出産期、更年期、老年期──。
それぞれに特徴的な課題がありますが、実はすべてがつながっていきます。

思春期の経験が妊娠・出産期のトラブルにつながったり、産後の不調が更年期に引き継がれたりする。
女性の一生は“点”ではなく、“線”。
その流れの中で起きている課題を整理し、必要な支援につなげていく。
これが、日本女性財団が目指す“見える化”の第一歩です。

“女性の味方である医療”を広げる
フェムシップドクターズ

──女性たちの現状を知るために、具体的にどのような活動をしているのでしょうか?

対馬先生:
私は医療者として、まず自分にできることから始めようと思いました。その最初の取り組みが「フェムシップドクターズ」です。

「Hellosmile in Sanrio Puroland 2024」での特別授業 (画像提供:一般財団法人 日本女性財団)

“女性の味方の医療者です”と宣言した医師や看護師が、全国各地で女性の不調に寄り添っています。

避妊や緊急避妊、中絶後のケア、がん検診、暴力被害のサポートなど、女性の人生に寄り添う医療を実践する仲間たちです。

フェムシップドクターの活動は、

①必要な医療を「受けられない」人に届ける仕組み

対馬先生:
避妊や緊急避妊、中絶、がん検診といった「必要だけれど受けづらい医療」を、支援の枠組みの中で提供しています。

中には、「受診料が払えず、病院に行けなかった」という人も少なくありません。
そうした方々に医療を届ける仕組みを整えていこうとしているんです。

②医療者自身が”学び直す”ための場づくり

対馬先生:
支援だけでなく、医療者自身の学びの場も大切にしています。

実は、医師や看護師が“女性の体や心を包括的に理解する教育”を受ける機会は、ほとんどありません。

妊娠・出産やがんなど明確な診療領域は学んでも、

「なんとなく体調が悪い」
「気分が落ち込む」
「どこに相談すればいいか分からない」

といった、女性の“もやもやした不調”に十分対応できないことが多いのです。

医師自身も、
「診察時間が足りない」
「どう対応すべきか体系的に学んでいない」
と感じるケースは少なくありません。

でも、フェムシップドクターとして“女性の味方です”と宣言した以上、こうした声に向き合い、理解を深め、きちんと対応できる医療者でありたい。

そのために、医師や医療関係者が学び直し、支援につながる実践力を高める勉強会や情報交換の場をつくっています。

フェムシップドクター養成講座 (画像提供:一般財団法人 日本女性財団)

③全国に広がる「女性の味方の医療者」たち

対馬先生:
フェムシップドクターは現在、全国で200人以上に広がっています。

フェムシップドクター一覧→https://japan-women-foundation.org/doctorlist/

産婦人科だけでなく、内科・皮膚科・歯科・心療内科など、多様な分野の医師と医療者が参加しています。それぞれの専門性を生かしながら、地域でできる支援を実践してくれているんです。


たとえば──
・がん検診の受診を呼びかける
・避妊や性教育の相談に対応する
・経済的に困っている人に医療費を支援する

など、“小さな一歩”の積み重ねですが、その一歩が女性を救うことにつながります。


「目の前の誰かを助けたい」
その思いで動く医療者が、全国に確実に増えているのを感じます。

④医療だけでは届かない声を、支援のネットワークへ

対馬先生:
もちろん、医療だけでは支えきれない課題もあります。

暴力被害、貧困、孤立、家族関係の問題……。
背景には複雑な事情が絡み合っています。

そこで日本女性財団では、女性や子どもを支援する団体をつなぐ「支援団体登録制度」を設けています。

現在は全国で90団体以上が参加し、情報共有や勉強会を通して“横のつながり”を広げています。

医療・福祉・法律・行政・教育など、専門性の違う人たちが連携してこそ、女性の困りごとに本当に寄り添えるのだと感じています。

こうした動きは、後に各地で進む“地域プラットフォームづくり”へとつながっていきました。

地域に広がる支援の土台
──全国で進むプラットフォームづくり

──地域での連携も広がっているそうですね。

対馬先生:
私たちが進めている「プラットフォームづくり」は、地域で女性や子どもを支える人たちが集まり、“困っている人を見落とさない仕組み”をつくる取り組みです。

医療、行政、福祉、法律、教育、地域住民など、立場を越えて顔を合わせるところから始まります。

最初の動きは岩手県花巻から。
赤ちゃんに関わる痛ましい事件をきっかけに、「二度と同じことを繰り返したくない」という地域全体の強い思いが広がったんです。

大切なのは、女性を責めることではなく、“地域でできることを一緒に考える”という姿勢でした。

医療者、行政、福祉、支援団体、地域の住民が顔を合わせ、「困っている母子に気づく仕組み」や「支援につなぐ流れ」を一つずつ整えていきました。

その後、東京、沖縄、岡山、名古屋など、各地で同じような動きが広がりました。

東京では医療者に加え、法律家や学校関係者、民間の支援団体が集まり、女性や子どもの困りごとを“自分ごと”として話し合っています。

沖縄では、DVや性暴力、若年層の貧困など地域特有の課題がある中で、「まず話せる場所をつくろう」と、小さな勉強会からスタート。そこから相談窓口や医療連携の仕組みが形になりつつあります。

岡山や名古屋でも、地域の女性支援団体や医療機関が協力し、 “困っている人を見落とさないためのネットワーク”づくりが動き始めています。

私たち日本女性財団の役割は、この動きを後押しし、つないで、必要な支援が届くようにすること。女性や子どもが安心して助けを求められる“地域のプラットフォーム”を全国に広げていきたいと考えています。

岩手プラットフォーム連絡会 (画像提供:一般財団法人 日本女性財団)

現場の声を国政へ
──民間から“女性政策”を動かす

──日本女性財団では、「現場の声を政策へつなぐ」ことも大切な活動の柱にされているそうですね。具体的にはどんな取り組みをされているのでしょうか?

対馬先生:
私たちが大事にしているのは、支援の現場で上がった声を“そのままにしない”ことです。一人の困りごとを「個別のケース」として終わらせず、「日本の制度や政策に何が足りないのか」という問いへつなげていく。その視点を大切にしています。

その一つの形が、国会内での「政策勉強会」です。

2024年11月には、議員の方々や厚生労働省、経済産業省、文部科学省、こども家庭庁など関係省庁の担当者をお招きし、女性支援団体とともに「これからの女性政策」について議論しました。

現場の声が、次の制度や予算に反映されるケースも増えています。
行政も真摯に耳を傾けてくださいますが、現場を知る民間の立場だからこそ見える課題もあります。
だからこそ、民間から声を上げることは本当に重要だと感じています。

政策勉強会の様子 (画像提供:一般財団法人 日本女性財団)

対馬先生:
私たちが目指しているのは、単に支援の数を増やすことではなく、女性の生涯のウェルビーイングが“社会のしくみ”として守られること。

現場で声を拾い、地域で支え合い、その声を国政へ届ける。

この循環ができれば、“一人ではどうにもならない”と思われていた課題が、少しずつ“社会全体の課題”として共有されていく。

そうなれば、支える人も支えられる人も、どちらか一方ではなく、みんなで社会をつくっていく仲間になれる。
それが、日本女性財団が目指す未来です。

夢は必ず叶う”
──未来を生きる女性たちへ

──最後に、日本女性財団が描いている未来とはどんな社会でしょうか?

対馬先生:
私たちが目指しているのは、女性が「自分らしく生きていい」と安心して思える社会です。

体のこと、心のこと、家庭のこと、働き方のこと。女性の人生にはいくつもの節目があります。でも、その節目を支える仕組みが十分でなかったり、声を上げづらい雰囲気があったりすると、「一人で抱え込む」状態になってしまいます。

本当は、抱えなくていいんです。
困ったときに相談できる場所があれば、理解してくれる人がいれば、次の一歩に進む力は自然と湧いてきます。

私たちは、その“相談できる場”と“理解する人”を社会に増やしていきたいと考えています。

青森県八戸市_白銀ハウス (画像提供:一般財団法人 日本女性財団)

──最後に、この社会で頑張る女性たちへ、メッセージをお願いします。

対馬先生:
私は講演や授業の最後に、よくお話しする言葉があります。
それは「夢は必ず叶う」ということです。

夢は、諦めた瞬間に遠ざかってしまいます。
でも、不思議なもので、持ち続けていると少しずつ形を変えながら現実に近づいていくんです。

私がこの言葉を伝えるのは、たくさんの女性たちの変化を見てきて、心から確信しているからです。

夢を叶えるために、完璧である必要はありません。誰かに助けてもらったり、励まされたりしながら、一歩ずつ進めばいい。ときには立ち止まっても、誰かの言葉やつながりが、また前へと押してくれます。

──“助け合いながら進む”というのは、先生の活動の原点でもありますね。

対馬先生:
そうですね。
助ける側と助けられる側を分けない――それが日本女性財団の考え方です。
誰もが支える人にも、支えられる人にもなれる。そして、どんな立場の人も「仲間」としてつながれる社会をつくりたいと思っています。


社会の仕組みを変えるのは簡単ではありません。
でも、人の意識は、共感と行動で確実に変わっていきます。
小さな一歩でも、続ければ世界は動いていきます。

だからこそ、私は伝えたいんです。
「あなたの声には力がある」と。
そして、「あなたの夢は、必ず叶う」と。

その思いを胸に歩む女性が増えれば、きっと社会全体が、もっと優しく、もっとしなやかになっていくと信じています。

【インタビュー記事担当者】


編集長:上田あい子

編集ライター:友永真麗

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