がんになっても豊かな生活が送れるようにという願いが込められた「がん免疫療法」

近年、「がん免疫療法」は目覚しい進歩を遂げ、「手術療法」「放射線療法」「薬物療法」の3大治療につづく、第4の治療としてますます期待が高まっています。

今回は、NPO法人ウィッグリング・ジャパンの副代表理事でもあり、長年にわたり免疫研究をされてきた久留米大学名誉教授山田亮(やまだ あきら)先生に、がん免疫療法の歴史を伺いながら、がんワクチンの進化に迫るほか、がんを取り巻く環境の変化のお話も伺いました。

Profile
1986年 九州大学大学院博士課程修了
1986年  久留米大学医学部免疫学講座助手(1995年講師,1999年助教授)
1987年  米国Kansas大学留学
1988年  米国Harverd大学Dana-Faber癌研究所留学
2003年  久留米大学先端癌治療研究センター教授
2009~2013年  同センター所長
2013年  久留米大学先端癌治療研究センターがんワクチン分子部門部門長
2016年  久留米大学先端癌治療研究センター所長
2022年  久留米大学名誉教授

免疫学を探求する過程で「がん免疫」に出会い、
がん免疫療法の基礎的研究の道へ

──山田先生が、がん免疫療法に関する研究を志すようになった経緯について教えてください。

山田:
私は学生の頃から免疫学者を目指して学んできました。免疫学に興味を持ち始めたのは、ウイルス感染の防御に働くインターフェロン*に興味を持ったからです。

薬学部出身の私は、生物薬品(ワクチン等)製造学教室で修士課程まで学び、その後、医学部の大学院に進学し、ひたすら免疫の研究に打ち込んできました。

本格的に「がん免疫療法」の世界に入ってきたのは、大学院を卒業後、久留米大学に入職し、さらに出向先のアメリカ留学から帰国した後です。

アメリカへの留学は、免疫学者として世界で戦っていくには、自分の持っている免疫学の知識や技術だけでは不十分であることを痛感したためです。アメリカのカンザス大学に1年、その後ハーバード大学のダナ・ファーバー癌研究所に1年半留学し学びました。

留学中は免疫学の真髄を探るため、ヒトの免疫機構について研究しました。その一つのテーマとしてがんを対象とするものもありました。

今から30年ほど前になりますが、当時日本にはヒトの免疫を研究している研究者はほとんどおらず、免疫学者というと多くはネズミの免疫を研究している人たちでした。そのような時代に私たちはヒトの免疫について研究していたのです。

ダナ・ファーバー癌研究所は名前の通りがん研究所で、がん自体の研究は行われていましたが、当時は「がん免疫」を研究している人は誰もいませんでした。

帰国後、数年して講座のボスが定年退職となり、新たに着任した教授が「がん免疫」をテーマにしていました。そこで私も本格的にがんに関する免疫研究に携わることになりました。

それがちょうど初めてがんワクチンの基礎研究成果がヨーロッパで報告された頃です。

それを機にがんワクチンの開発が世界で広がり始めました。

*インターフェロンタンパク質の一種で、細胞間相互作用を起こす「サイトカイン」の1つ。抗ウイルス作用や細胞増殖抑制作用、抗腫瘍作用、免疫調節作用など様々な生理活性を持ち、幅広い疾患に対して治療薬として使われている。

日本で初めて!ヒトに対する「がんワクチン」の
臨床試験を久留米大学が実施

──ヨーロッパを皮切りに世界的にがんワクチンの研究が話題になって、日本は世界的にどのような位置付けだったのですか?

山田:
世界ではヨーロッパがNo.1、アメリカがNo.2、日本はNo.3のグループとして私たち久留米大学がどんどん引っ張っていくような形で研究が進められました。

ヒト(人間)に対するワクチンなので、効果があるかどうかは、当然、ヒトを相手にしてみないと分かりません。そこで臨床試験を始めるにあたって、いろいろな薬事、行政との交渉(薬機法)が必要になってきます。そのような仕事はいわゆる臨床現場のお医者さんだと時間もとれず困難なため、私が担当になって全て一人でやっていきました。

厚生労働省や福岡県、更にはワクチンの製造や各種試験を実施する受託研究機関などいろいろな関係機関と直接話し交渉を重ねた末に、日本で初めて私たちのグループがヒト(人間)に投与することを実現できました。

──研究をやりながら、現場の調整や外部との交渉を行える人は、なかなかいないんじゃないかなと感じました。そこが一番大変そうですね…。

山田:
そうですね、私たちみんな知識ゼロの状態から膨大な時間を費やしてきました。時間も必要ですが、そこにどれだけ力を注げるかが最も大切。熱意があるかだけだと思います。

結局、私たちは約20年間、イチからいろいろな機関に相談し、連携しながら全て前人未到のことばかり行ってきたのですから、そう考えると大変でしたね(笑)。

しかし、私たちの熱意と想いに共感して、手を貸してくれる人たちが周りにいたからこそ研究を続けてこれたことは間違いありません。

いろいろなところにお願いに行きましたからね。10年ほど前には現総理大臣の岸田文雄さんのところにもお願いに行きましたよ。議員会館で議員さんたち100人の前で講演会をやったこともあります。

「がん免疫なんて存在しない!」
批判されながらも地道に研究を続ける日々

──30年間の月日を経て、がんに関する認識や社会課題も、時代によって変わってきたと思いますが、研究を始めてから現在まで、どういった変化を感じられていますか?

山田:
すごく変わりましたね。30年前はまず、がんという病気が治る人はごく初期に見つかった患者さんだけで、ほとんどの人ががんに罹ったら亡くなってしまう時代でした。

それが、治療法の進化によって今ではがんとともに生きる時代になっています。

当時の治療方法は「抗がん剤」「放射線」「外科手術」しかありませんでした。

だから、そこに私たちが「がん免疫」のがんワクチン研究をしているというと「何をバカなこと言ってるんだ! がん免疫なんて存在しない!」という意見が大半でした。

そういうなかで私たちは、地道にがんに対する免疫はネズミだけではなく、ヒト(人間)にも存在するということを長年かけて証明し続けてきたのです。

高度医療の申請を出すときには高名な先生から「そんなものは絶対通してはいけない」と、かなり強烈に反発も受けました。私もいろいろなところで学会発表してきましたが、当時は抗がん剤以外の「がん免疫」なんて認めないと、いつも厳しく言われた時代でしたね。だいぶ悔しい思いをしてきましたよ(笑)。

免疫療法」を世界に広げた
免疫チェックポイント阻害剤の誕生

山田:
しかしその数年後、「がん免疫」が大きく注目されるようになります。

オプジーボなどで知られる「免疫チェックポイント阻害剤」の誕生です。

開発は2010年からはじまり、2016年頃から徐々に承認されています。そして2018年、がんに対して免疫が働くようにする新たな治療薬の開発に貢献したとして、ノーベル生理学・医学賞に、オプジーボを発明した京都大学の本庶佑(ほんじょたすく)先生が選ばれたことで「がん免疫」は一気に世界へ広まりました。

一斉に世界中の大手製薬会社が開発に乗り出し、いろいろながん治療でこの薬がたくさん使われるようになりました。

そして、免疫チェックポイント阻害剤療法は、がん治療の第1選択に上がるようにまでなったのです。世界で初めて使われてから10年ほど経ちますが、今でも新しいものがたくさん出てきています。

つい今年(2023年)の話ですが、新型コロナワクチン(メッセンジャーRNA)を作っているメーカーは、実はもともとがんワクチンを作っていたんです。そこで、コロナと同じワクチンを使った、新しいがんワクチンの開発に世界が再注目しています。

──これまでのがん治療法と免疫療法との大きな違いは?

基本的ながん治療は、がん細胞をやっつけてがんを治すという考え方です。しかし、がんの脅威はなかなかに強力であるため、従来はがん細胞を直接攻撃する毒性の高い薬を用いる抗がん剤治療が行われてきました。ところが、この方法には強烈な副作用が付随していました。

そこで、分子標的薬*が開発され、副作用を以前の抗がん剤治療よりも少し弱め、よりがんに対して特異性の強い毒物を使う治療法、分子標的治療法に変わりました。それでもやはりまだがんに直接働いて、がん細胞を殺すという治療方法だったんです。

ところが免疫療法というのは、がんに対する免疫細胞の力を強める、あるいは免疫の働きを強めてやることによってがんをやっつけるもので、がん細胞に対する直接的な作用がないというのが免疫チェックポイント阻害療法を含む免疫療法の特徴になります。

*分子標的薬病気の原因となっているタンパク質などの特定の分子にだけ作用するように設計された治療薬。従来の薬は、異常な細胞だけでなく正常な細胞にも攻撃的に作用してしまうのに対し、分子標的薬は、病気の原因に関わる特定の分子だけを選んで攻撃するという特徴がある。

──今まではがんを直接攻撃する治療方法しかなかったのが、がんではなく正常に働く免疫を強くすることで、がんをやっつけるという大きく治療方針が変わったんですね。

山田:
はい。それによって何が違ってくるかというと、これまでは毒物を投与して、がん細胞の活発な増殖を抑えていましたが、がん細胞だけでなく、正常な細胞にも作用しまうため、ひどい副作用が出ていたものが、かなり軽減されてきました。

一方で、当初考えられていなかったことも起きました。私たちの体は免疫がうまくコントロールされているから病気に罹らないようにできています。なので、免疫が一方的に強くなってしまうとバランスが崩れてしまうのです。

例えば、アレルギーが起こったりですね。それと同じことがこの免疫チェックポイント阻害療法にも起こり、がんだけではなく自分自身を破壊してしまうような免疫系も活性化され、それに伴い今までとは異なった副作用が出てしまったんです。

ただ、これに関してはうまくコントロールできるようになりました。がん免疫療法に対して一時的にいろいろな有害事象が出たとしても、それに対応する方法を見つけ、安全に治療できるようにするのが研究者の役目です。

このように今、がん治療はかなり大きく変化してる最中です。

患者さんが安心して治療を受けられるように
新たな治療法を模索し日夜研究に取り組んでいます

──研究者の皆さまはどんな未来を望んで日々研究されているのですか?

山田:
今、みんなが考えてることは、治療よりもう一歩前に進んで「予防」に軸足を動かしていくことですね。

ただ、コロナのワクチンの場合に問題になっているように、相手が変異を起こして新しいウイルスが出てくるケースもあり、それと同じようなことが当然がんにも起こってくることです。さらにがんの原因は感染症よりも非常に複雑です。例えば新型コロナウイルスに感染すると、原因はそのウイルス1つですが、がんになる原因というのはたくさんあります。

だからコロナウイルスに感染しないためには、それに対するワクチンを作ればよいのだけれど、がんに対するワクチンといってもいろいろな原因があるので、それを全て潰していけるような予防方法がなかなか見つからない。がんワクチン開発のより難しいところはそういう理由もあるんです。

「予防」がなかなか難しい現状では、やはり早期発見・早期治療が一番実現可能なので今は、そこに力を入れています。

チアーズビューティーの特集でも胃がん早期発見の取り組み「内視鏡AIが患者の身体的・精神的・経済的不安を減らす」が紹介されていましたが、同じ消化器の中でも例えば膵臓などのカメラでは見えにくいところは、血液や消化液をうまく採ってきて兆候を早期に見つけ出す研究が世界中で行われています。

──最後に読者のみなさまにメッセージをお願いします。

山田:
がん治療は日々進化しています。ですから今まで持っていたがんに対するイメージや治療の概念は、もしかしたら半年後、1年後にはガラッと変わっていることもありえます。

今の医療の技術を持ってしても治療が難しいという状況であっても、数年後には治るがんになる可能性だってあるんです。

実際に、乳がんのタイプにトリプルネガティブ乳がんというのがあります。特に30代の若い女性に多く、3年ほど前まではこれは治らないというイメージがありました。また、抗がん剤しか治療方法がなく、乳がんは一般的にホルモン療法が効くのだけれど、それが全く効かなかったんです。

それが、今は免疫チェックポイント療法が非常によく効いて、治る乳がんの上位になっています。

そういったことがあるので、現状をあまり悲観せず気を落とさないで、新たな治療法ができると信じて、前向きな気持ちを持っていただければと思います。

私たち研究者も一人でも多くの患者さんが、がんを克服し、健やかな日常を送るためのよいお知らせができるように、日々研究に邁進し、がんを取り巻く環境がよくなるように努力し続けています。

また、目まぐるしく治療方法は変わっています。そのために私たちが開催している、医療セミナー「カフェで学ぼうがんのこと」で新しい情報、正しい情報を届けていくことは非常に重要で意義のあることだと思っています。

2023年8月で130回を迎える「カフェで学ぼうがんのこと」。デザートセットを楽しみながら、
リラックスした雰囲気の中で医療従事者や専門家からがんの予防・診断やがん治療、
先進医療、アピアランスケアについて学ぶことができる。

──研究者の水面下の努力がたくさん積み重なって、新しい薬ができたり、画期的な治療薬が承認されたりしているのですね。山田先生をはじめ研究者の熱意と想いが今でも続いていることを改めて感じました。幸せな未来に向けて今後ともよろしくお願いします。本日はどうもありがとうございました!

【インタビュー記事担当者】

編集長:上田あい子

編集ライター:友永真麗

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。