がんになっても働き続けられる社会をつくる。⼤鵬薬品から生まれた新法⼈「アリルジュ」の挑戦

2024年6月、⼤鵬薬品のノウハウをもとに、がんに関する社会課題に取り組むため誕生したアリルジュ株式会社

「かけがえのない“いつも”の生活を、“いつまでも”続けられるように」という想いのもと、薬以外の新しい支援の形を生み出し、がん患者さんの暮らしを支えることを目指しています。

今回は、アリルジュの代表取締役 森下真行さん に、事業の展開や設立の背景、そして込められた想いについてお話を伺いました。

Profile

アリルジュ株式会社森下真行さま

アリルジュ株式会社 代表取締役

森下真行(もりした まさゆき) さん

2009年に大鵬薬品に入社後、エリア学術職として医療機関への情報提供を担当。その後、抗がん剤のマーケティングや新規事業の企画・推進に携わり、がん治療と患者支援の分野で経験を積む。2024年には一橋大学大学院に進学し、経営を学びながら実践的な知識を深めている。

高校時代、祖母が大腸がんの治療による副作用に苦しむ姿を目の当たりにし、「副作用の少ない薬を届けたい」という強い想いを抱く。その想いから薬学の道を志し、薬剤師資格を取得。製薬会社での経験を通じて、副作用マネジメントや患者支援の重要性を実感し、がん患者の就労支援にも関心を広げる。

現在は、がん患者さんやその家族に寄り添い、「病気になっても働き続けられる社会」の実現を目指し、アリルジュの事業を通じて新たな支援の形を創り出している。

寄り添う心で、がん患者さんの働く未来を支える

──まず、貴社の活動について教えてください

森下
私たちは、がんに関する3つの社会課題に取り組んでいます。

1つ目が、「がん患者さんの就労支援」、2つ目が「がん検診の受診率向上対策」、そして3つ目が「たばこ対策」です。

これらの課題を解決するために、さまざまなサービスを提供しています。

──数ある社会課題の中から、この3つに注目された理由は?

森下
これらの課題は、厚生労働省が定める「がん対策推進基本計画」にも掲げられている重要なテーマです。その中でも、私たちアリルジュが解決の一助になれる分野を選び、事業として取り組むことにしました。

──近年、がんは“治らない病気”ではなくなりつつありますが、診断後に仕事を続けることへの不安を抱える患者さんは少なくありません。一方で、企業側もどのようにサポートすればいいのか悩むことが多いと聞きます。御社の「がん患者さんの就労支援」では、どのようなサポートを提供されているのでしょうか?

森下
私たちは、働き続けたいと願うがん患者さんが安心して働き続けられる環境を整えるために、3つのサービスを展開しています。

① アリルジュLEARNING

「職場の誰もが、がんをはじめとした病気との向き合い方を学べる教育ポータルサイト」

「アリルジュLEARNING」は、がん患者さんだけでなく、上司や同僚、人事部門の担当者などが、病気の社員にどう接し、どう支えればいいのかを動画やチェックリストで学べます。

実際の患者さんや職場の声をもとに、

  • 患者さん自身が会社に病気をどう報告すればいいのか
  • 職場で患者さんへの適切な関わり方や配慮のポイント

などを分かりやすく解説。さらに、必要な情報を得られるAIチャット機能も備えていて、知識を共有することで、企業全体に「困った時はお互いさまの風土」を育んでいきます。

② アリルジュSUPPORT

「企業と医療機関が連携し、治療と仕事の両立を支えるクラウドサービス」

「アリルジュSUPPORT」は、企業と医療機関が連携しながら、がんをはじめとする病気を抱える社員の復帰復職や両立支援を行うクラウドサービス です。

がん患者さんが安心して治療と仕事を両立できるよう、

  • 企業と病院が連携し、治療や副作用などの情報や支援体制を共有できる仕組み
  • チャット機能での相談サポート
  • 主治医意見書・診断書の管理や書類提出のデジタル化による手続きの簡素化

などを提供し、企業の負担を軽減しながら、患者さんが働き続けられる環境づくりを支援します。

これは国内初のクラウドサービスであり、厚生労働省の「がん対策推進基本計画」で掲げられている「情報と支援体制の連携の仕組みづくり」に対応したものです。民間の力を活かし、より実用的な支援を広げていきたいと考えています。

③ 治療と仕事の両立支援ナレッジコミュニティ

「支える人同士がつながり、知識と経験を共有する場」

「治療と仕事の両立支援ナレッジコミュニティ」は、がん患者さんを支援する専門職向けの情報共有プラットフォーム です。

両立支援コーディネーターが集まり、支援の知識や経験を交換できる場を提供します(利用対象者は今後拡大を予定)。

これは、患者さん本人向けではなく、「支える側」のためのコミュニティです。

現場で役立つ情報や解決策を、皆で共有しながら考えることを目的としています。イメージとしては、「よくある知恵袋サイトの治療と仕事の両立版」のようなものですね。

──「治療と仕事の両立支援ナレッジコミュニティ」のように、病気の人を支える人をサポートする仕組みも、これからますます重要になってきますよね

森下
まさにその通りです。企業の中で、病気を抱える社員を支援する機会は決して多くありません。例えば、社員が100人の企業なら、がんなどの病気を抱える方は1人いるかどうか。1000人規模でも、10人程度です。しかも、その10人が同じ病気とは限らず、乳がん、大腸がん、メンタルヘルスの問題など、それぞれ異なる疾患を抱えていることがほとんどです。

さらに、同じ乳がんでも、ステージ1の方とステージ4の方では必要な支援が大きく異なります。加えて、がんのサブタイプによって治療法や副作用が変わるため、職場での配慮も一律にはできません。こうした背景から、企業内で両立支援のノウハウを蓄積することが難しいという課題が見えてきました。

そこで、私たちは「支える人を支える」ために、このコミュニティを立ち上げました。支援の経験や知識を共有し、次に支える人が少しでもスムーズに対応できるように、そんな想いを込めています。

この「治療と仕事の両立支援ナレッジコミュニティ」は、営利目的ではなく、純粋に支援者を下支えする場として運営していきたいと考えています。まずは小さくスタートし、実際の運用を通じてより良い形を模索していきたいと思っています。

──どのサービスも、がん患者さんや企業の現場に寄り添ったものばかりですね。がん患者さんをどのように支援すればいいのかを具体的に学べるのが 「アリルジュLEARNING」、企業と医療機関が情報を連携しながらサポートを進められるのが 「アリルジュSUPPORT」 。企業の中では支援のノウハウがなかなか蓄積されにくく、”このケースにはどう対応すればいいのか?” と悩む時に、支援者同士が経験や知識を共有し、学び合える場として「治療と仕事の両立支援ナレッジコミュニティ」があるわけですね

森下
そうです。この3つの取り組みが連携することで、がん患者さんの就労支援という社会課題の解決を目指しています。

大鵬薬品での経験を、社会全体へ

──アリルジュを立ち上げた背景について、お聞かせいただけますか?

森下
私たち大鵬薬品は、50年以上にわたりがんの治療薬を開発・提供してきました。しかし、がんと向き合い続ける中で、「薬だけでは解決できない社会課題がある」と強く感じるようになりました。その一つが、「がん患者さんの就労支援」です。

実は、大鵬薬品では 25年以上前から、「社員ががんになったときに、しっかりとサポートしたい」という想いのもと、社内で就労支援に取り組んできました。がんの治療に携わる企業として、社員自身ががんになったときも、安心して働き続けられる環境を整えることは重要な使命だと考えていたからです。

──企業としての就労支援に、長年取り組まれてきたんですね

森下
そうなんです。しかし、社会全体を見渡すと、企業側の理解不足や、支援の仕組みが整っていないことで、多くのがん患者さんが 「働き続けることを諦めざるを得ない」というのが現実で、まだまだ課題が多いと感じています。

そうした状況を変えるために、大鵬薬品が長年蓄積してきた就労支援の経験とノウハウを、社外にも活かせば、より多くのがん患者さんの支えになるのではと考えたんです。

そこで、よりスピード感をもって、患者さんや企業に必要な情報を届けられるように、就労支援を事業展開する会社としてアリルジュ株式会社を設立しました。

──大鵬薬品は、日本で長年がんの治療薬を研究・開発してきたパイオニア企業なので、がん患者さんへの理解が深く、その想いが今の社会のニーズとぴったり重なったのだと感じました。会社として大切にしてきた理念がアリルジュの設立にもつながり、より多くの人に支援を届けられる形になったのは、とても素晴らしいです!

寄り添う医療を目指して。アリルジュに込めた想い

──森下社長は、大鵬薬品で患者さんと向き合いながら、お薬が届き回復していく姿を見守る一方で、副作用や仕事復帰の課題にも直面されてきたと思います。そうしたご経験が、現在の事業につながっているのでしょうか?

森下
会社での経験ももちろんですが、私がこの事業を始めた原点は、祖母のがん闘病にあります。

祖母は大腸がんとパーキンソン病を併発し、副作用にとても苦しんでいました。その姿を見て「副作用の少ない薬を届けたい」と思うようになり、高校生の頃に薬学の道を志しました。薬剤師として病院ではなく製薬会社を選んだのも、その想いがあったからです。

製薬会社では、薬を届けるだけでなく、副作用の対処法を伝える仕事にも携わりました。そんな中、今度は祖父が咽頭がんを患い、治療の現場で改めて副作用対策の重要性を痛感しました。

祖父は咽頭がんだったため、声帯を摘出し、声を発することができなくなっていました。筆談でのやりとりが中心となる中、ある日、「皮膚が黒くなるのはどうにかならないか」と紙に書いて伝えてきたんです。

それは、自社の抗がん剤の副作用による色素沈着でした。乳がんの患者さんであれば、色素沈着に対するカバーメイクなどのケアがすでに認知されており、製薬会社としても積極的に副作用対策の情報を発信していました。しかし、祖父のような男性患者の場合、「色素沈着はそこまで気にしなくてもいいのでは?」 と思う節がありました。

「それは違う。性別に関係なく、副作用に悩む患者さんはいる。 その人にとっては、小さな悩みではなく、生活の質に大きく関わる不安や問題かもしれない。」

祖父の姿を見て、私は改めてそう実感しました。副作用に苦しむ患者さんが少しでも安心して治療を受けられるように、解決策を考えなければならない。

その想いから、国立がん研究センター中央病院の先生と協力し、副作用をセルフケアするフローの作成も行いました。

大切な家族の経験を通じ、高校生の頃からずっと「副作用で困っている患者さんは多い。なんとかその負担を減らせるようにしたい」と思い続けています。

──その想いが、今の「がん患者さんの就労支援」にもつながっているのですね

森下
そうですね。治療しながら働くことの難しさ、副作用情報を正しく理解することの難しさなど、まだまだ解決すべき課題はたくさんあります。でも、誰もが病気になっても働き続けられる社会をつくるために、私たちができることを一つずつ形にしていきたいと思っています。

──お話を聞いていて、森下社長はがん患者さんにとても寄り添われていることが伝わってきます

森下
ありがとうございます。私たちは“寄り添う”ことを何より大切にしています。実は、社名の「アリルジュ」も、「あなたに寄り添うコンシェルジュでありたい」という想いから生まれた造語なんです。

とにかく、患者さんをはじめ、困っている方々に対して寄り添いながら、私たちができることを届けていきたいという想いで事業を進めています。

──お薬を処方して治療する「有形」の支援と、サービスを通じて支える「無形」の支援。その両方がもっと浸透すれば、社会全体の意識も変わっていくかもしれませんね。支援する人も、支援を受ける人も、誰もが孤独にならず、お互いに手を取り合える環境が広がるといいですね!

「あなたに寄り添うコンシェルジュでありたい」という想いから生まれた社名の「アリルジュ」

がん検診の受診率向上が、就労支援につながる理由

──御社がサポートするがんに関する3つの課題のうち残りの、「がん検診の受診率向上対策」と「たばこ対策」の取り組みについて教えてください

森下
就労支援の中でも特に難しいのは、ステージ4の患者さんへの支援です。がんが進行してからのサポートは、患者さんにとっても、企業にとっても課題が多く、支援の選択肢が限られてしまいます。

そこで、そもそもがんを早期発見できる環境を整えることが大切だと考えました。日本では、年間約3,000万人ががん検診を受けておらず、その中には早期発見できれば救えたはずの命が約16万人あると試算されています。

がん検診は、早期発見・早期治療によって命を守るために推奨されているものです。もし、がんが進行する前に発見できれば、治療の負担が軽くなり、副作用も抑えられます。そうなれば、がん患者さんの就労支援のハードルも下がり、より多くの方が安心して働き続けられる社会につながるのではないかと思っています。

──16万人もの命が…と考えると、本当に大きな課題ですね

森下
はい。実は、私の祖母もがん検診を受けていませんでした。もし受けていたら、もっと長く一緒に過ごせたのではないかと、今でも強く思います。同じように、大切な人をがんで失い、悲しむ人を少しでも減らしたい。

そのために、私たちは日本でも、がん検診の受診率を欧米や韓国のように8割まで引き上げることを目標にしています。その実現に向けて、自治体と連携し、受診率向上のためのアクションを起こしたり、企業向けにがん検診の正しい知識を学べる仕組みを作っています。

現在開発中の 「アリルジュCALL」 というサービスも、その一環です。これらの取り組みを通じて、多くの方ががんについて正しく学び、がん検診を受けることの大切さを実感できる環境をつくりたいと考えています。

──がんは、自覚症状がないまま進行してしまうケースも多いですよね。そのため、気づいたときにはすでに進行していることが少なくありません。

だからこそ、まずは自分の健康を守るために、がん検診を含めた定期的な健康チェックが大切だと改めて感じました。最近では、簡単に受けられる検査方法も増えてきていますし、早期発見・早期治療ができれば、自分自身だけでなく、大切な家族と過ごせる時間を守ること につながりますね

たばこが、がん予防と治療に与える影響

──がんのリスクを減らすためには、早期発見だけでなく、そもそも病気になりにくい環境を整えることも大切ですよね。その中でも、「たばこ対策」は特に重要だと感じます

森下
そうなんです。がんのリスク要因の中で、最も影響する因子の一つが、たばこです。だからこそ、「予防できるものは、しっかり予防しよう」という考えのもと、たばこ対策にも取り組んでいます。

製薬会社として、長年がん治療薬の開発に携わる中で、特に肺がんの治療薬には膨大な開発費と時間を費やしてきました。でも、その過程で気づいたのが、「たばこを吸っている人の肺がんと、そうでない人の肺がんでは、予後(治療後の経過)が異なる」ということです。

──たばこを吸っている方のほうが、治療の効果が出にくいということですか?

森下
そうなんです。たばこを吸っている方の肺がんは、吸わない方に比べて予後が悪い傾向があります。いくら医療が日々進歩している現在においても、薬だけでその差を完全に埋めることは難しいと私は感じています。

私たちは、薬を開発し、命と向き合ってきたからこそ、がん検診を受けることや、たばこをやめることの大切さを強く実感しています。がん検診は、最もシンプルで、命を守る確実な方法のひとつだと思っています。

がんになっても、誰もが働き続けられる社会へ

──最後に、今後の目標についてお聞かせください

森下
2024年1月にサービスをスタートし、同年6月に会社を設立しました。ようやくスタート地点に立ったばかりで、ここから本格的に社会課題の解決に取り組んでいく段階です。

今、短期的な目標と長期的な目標を掲げて進めていますが、まず目指しているのは「がんになっても8割の人が働き続けられると思える社会をつくる」ことです。

そのために、まずは2028年の「第4期がん対策推進基本計画」が終わる頃までに、「がんになっても働き続けられる」と思う人の割合を6割に増やしたいと考えています。今のところ、2023年の世論調査では47%ほど。これを単なる自然な増加に任せるのではなく、私たちの取り組みで意識を変えていきたいです。

──がんと仕事の両立が当たり前の社会になれば、患者さんの不安も大きく減りますよね。6割という目標を掲げることで、社会全体の意識改革を促すきっかけにもなりそうですね

森下
私たちの活動を通して、患者さんや医療従事者の方々が「がんになっても働けるよね」と感じたり、病気について正しく理解できるようになることは、とても大切だと考えています。でも、それだけではなく、もっと一般の方にも「がんは不治の病ではない」「がんになっても働き続けられる時代になっている」ということを、しっかり知ってもらいたい。

特に、人事部の方や社員の健康を支援する立場の方々には、がんに関する正しい知識を持っていただきたいと思っています。そして、世の中全体の意識が少しずつ変わり、「がんについて正しく知ろう」「うわさ話ではなく、本当に正しい情報を知ることが大事だよね」と思う人が増えていけば、それが社会の変化につながるはずです。

──まずは、一人ひとりががんについて考えてみることが大事なんですね

森下
そうなんです。「自分には関係ない」と思うのではなく、少しでも「自分ごと」として捉えてもらえるようなきっかけを作りたいです。

そして、そのためのサポートを、私たちアリルジュだけでなく、同じ想いを持つ団体・企業とともに続けていきたいと考えています。

【インタビュー記事担当者】

編集長:上田あい子

編集ライター:友永真麗

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。