
腸活という言葉が定着した今、
腸内環境の研究は、さらにその先へ進んでいます。
発酵食品を食べる。食物繊維を意識する。
そんな「腸にいいこと」を日常に取り入れている人も増えてきました。
しかし、腸内環境研究は、今、新しい段階へ進んでいます。
これまで注目されてきたのは、「どんな腸内細菌がいるか」。
一方、今注目されているのは、その腸内細菌が「何を作り出しているのか」です。
その新たな視点から見えてきたのは、腸が脳や睡眠、免疫だけでなく、私たちの働き方や人生の質(QOL)にまで深く関わっているということでした。
今回お話を伺ったのは、腸内細菌研究の第一人者であり、京都府立医科大学大学院医学研究科 生体免疫栄養学講座教授の内藤裕二先生。
最新の腸内細菌研究から見えてきた日本人女性の腸内環境の特徴、がん経験者と腸活、そして「ロンジェビティ(健康長寿のその先)」という新しい健康の考え方まで。
腸研究の最前線から見えてきた、「自分らしく生きるための健康」について伺いました。
Profile

京都府立医科大学大学院医学研究科 生体免疫栄養学講座 教授
一般社団法人 日本ガットフレイル会議 理事長。
内藤 裕二(ないとう・ゆうじ)先生
京都府立医科大学大学院医学研究科 生体免疫栄養学講座 教授。消化器内科医。一般社団法人 日本ガットフレイル会議 理事長。
腸内細菌や腸内環境研究の第一人者として、健康長寿や消化器疾患など幅広い研究に取り組む。全国での講演やテレビ・新聞などメディア出演も多数。著書に『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』、『100年腸』、『不調の9割は腸が解決してくれる』などがある。
目次
腸内細菌は「何がいるか」より「何を作るか」
「昔は、ビフィズス菌がいいとか乳酸菌がいいとか言っていました。でも、そんな時代ははるか昔です。今は、腸内細菌が何を作っているのかが重要だと考えられています」
注目されているのは、腸内細菌が生み出す「代謝物」です。
つまり、「どんな菌を増やすか」ではなく、「その菌が何を作り出し、それが私たちの体にどのような影響を与えているのか」。
そこに、腸内環境を理解する新しい視点が生まれています。
その視点から見えてきたことのひとつが、「脳と腸」のつながりです。
内藤先生は、
「脳の状態が腸に影響する人もいれば、腸の状態が脳に影響する人もいます」と話します。
これまで経験的に語られてきた脳と腸のつながりも、代謝物に注目することで、その仕組みが少しずつ明らかになってきました。
そして今、そのつながりは脳だけにとどまりません。
睡眠。免疫。認知機能。
さらには、毎日を心地よく過ごし、自分らしく働くことにも、腸内環境とのつながりが見えてきています。
その中でも内藤先生が特に注目しているのが、「睡眠」です。

(画像提供:内藤 裕二先生)
よく眠ることも、腸活のひとつ
なぜ、腸の研究者が睡眠に注目しているのでしょうか。
その理由のひとつが、「脳腸相関」という考え方です。
ストレスが続くとお腹の調子が悪くなる。
反対に、便秘が続くと気分が落ち込む。
そんな経験をしたことがある人も少なくないでしょう。
内藤先生によると、脳と腸がお互いに影響し合っていることは以前から知られていました。
「うつ気味の人は便秘がちだったり、便秘がちの人はうつ気味だったり。良くなる時は両方一緒に良くなって、悪くなる時は両方一緒に悪くなる。脳と腸はつながっているなということは分かっていたんです」
そして今、そのつながりは睡眠にも広がっています。
内藤先生は現在、睡眠研究の第一人者である筑波大学の柳沢正史先生からの情報を得ながら、睡眠と腸内環境の関係について研究を進めています。
「日本人は睡眠障害が非常に多いんです」
内藤先生は、そう指摘します。
睡眠の難しさは、本人の自覚だけでは分かりにくいことにもあります。
本人は「眠れている」と思っていても、実際には睡眠の質が低下しているケースも少なくありません。
近年はスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスによって、睡眠を客観的に評価できるようになりました。
これまで自覚症状だけでは捉えにくかった睡眠の問題も、少しずつ見えるようになっています。
柳沢先生らの研究では、日本人の6人に1人が重症の睡眠障害を抱えていることも報告されています。
その中には、「自分は大丈夫」と思っている人も少なくないといいます。
内藤先生は今、こうした睡眠の問題と腸内環境がどのようにつながっているのかを研究しています。
「そこは面白いものが、多分見つかると思いますね」

長寿時代の女性と腸内環境
内藤先生らが日本人を対象に行った研究では、男性と女性で腸内環境に違いがあることが分かっています。
「例えばビフィズス菌は圧倒的に女性のほうが多いんです」
女性の腸内環境を語るうえで、ビフィズス菌は欠かせない存在です。
ビフィズス菌が多い理由については、乳糖の利用のされ方や幼少期の環境、お母さんから受け継ぐ腸内細菌など、さまざまな要因が関わっていると考えられています。
しかし、興味深かったのは、内藤先生が女性の腸内環境を語るとき、単に便秘や美容の話にとどまらなかったことです。
「女性は長生きしますからね」
実際、日本では100歳を超える人の多くが女性です。
長寿そのものは喜ばしいことですが、その一方で、認知症やフレイル(加齢による心身の衰え)、サルコペニア(筋力低下)といった課題も見えてきます。
これまでの健康づくりは、「病気にならないこと」が大きな目標でした。
しかしこれからは、長く生きることだけではなく、年齢を重ねても心身の機能を保ち、自分らしく活動し続けることが、より大切になります。
その考え方を表す言葉が、「ロンジェビティ」です。
健康長寿の、その先へ。
内藤先生は、そんな未来を見据えて研究を続けています。
では、その未来のために、私たちは毎日の食事で何を意識すればよいのでしょうか。
「何を食べるか」より大切なこと。
「何を食べれば腸にいいですか?」
腸内環境の話になると、そんな質問を受けることが多いそうです。
しかし内藤先生は、特定の食品だけに注目する考え方に警鐘を鳴らします。
「これが体にいいからと、そればかり食べている人はあまり良くないんです」
大切なのは、一つの食品ではなく、普段どのような食生活を送っているのかです。
内藤先生らは、日本人の食生活を解析し、似たような食べ方をする人をいくつかのグループ、つまり「食事パターン」に分類しました。
すると、野菜や豆類、穀類を多く食べる人、麺類とアルコールが中心の人、加工食品を多く食べる人など、それぞれの食事パターンによって、腸内環境に違いが見られたといいます。
さらに、食事だけではなく、運動や睡眠などの生活習慣も合わせて解析することで、腸内環境と健康との関係も少しずつ分かってきています。
つまり、腸内環境は一つの食品で決まるのではなく、毎日の食べ方や暮らし方の積み重ねによって育まれているのです。
そうした食生活の中で、内藤先生が特に問題視しているのが、近年増えている超加工食品です。
加工肉やスナック菓子、糖分の多い加工食品など、手軽に食べられる食品は私たちの身近にあふれています。
「超加工食品は絶対的によくない」
そう先生は力を込めて言います。
一方で、
「これを食べれば腸が良くなる」
という魔法のような食品はありません。
だからこそ大切なのは、悪いものを足さないこと。
そして、腸内細菌のエサになる食物繊維を、毎日の食事の中で無理なく増やしていくことです。
さらに、女性にとってもう一つ意識したいのが、タンパク質の摂り方です。
年齢を重ねると筋力を保つためにタンパク質は欠かせません。
しかし、内藤先生はこう話します。
「肉ばかりでタンパク質を摂るのではなく、魚や乳製品、豆類やナッツ類なども上手に取り入れてほしい」
量だけではなく、どんな食品から摂るのか。
その視点も、これからの女性の健康には大切になります。
腸活というと、「何を食べるか」に目が向きがちです。
しかし、内藤先生のお話から見えてきたのは、毎日の食事全体を見直すことの大切さでした。
そのうえで、特に意識したいのが食物繊維です。
なかでも、穀類、豆類、野菜、きのこ、果物などに多く含まれる「発酵性食物繊維」は、腸内細菌のエサとなり、健康を支える代謝物を生み出す大切な栄養源になります。
特別な食品を探すより、まずは毎日の食事で食物繊維を意識すること。
それが、腸内環境を整えるための基本です。

がん経験者と腸活
「がんになってから慌てる人が多いんです。本当は、がんになる前からもっと腸内環境や食事について考えてほしい」
早期発見や治療法の進歩によって、がんと向き合いながら生活する人や、治療を終えて社会復帰する人は年々増えています。
内藤先生が以前から関心を寄せてきたテーマの一つが、がんサバイバーと腸内環境です。
治療することだけではなく、その先の人生を支える健康にも目を向ける必要があります。
近年は、がん治療で使われる免疫チェックポイント阻害薬と腸内環境との関係にも注目が集まっています。
同じ治療を受けても、その効果には個人差があります。
その背景の一つとして、腸内環境の違いが関係していることが分かってきました。
さらに、食物繊維を多く摂っている人ほど治療効果が高いという報告もあり、食事と腸内環境への関心はますます高まっています。
私たちは食物繊維を消化することはできません。しかし、腸内細菌にとっては大切な栄養源です。
特に発酵性食物繊維は、腸内細菌のエサとなり、腸内環境を支える重要な役割を担っています。
「大腸がんと診断されたら、手術前から食物繊維を増やしなさいと言われるくらいです」
先生は続けます。
「1つ目のがんでは亡くならない時代になってきています」
治療を終えた後も、自分らしい暮らしは続いていきます。
内藤先生が語る「がん経験者のための腸活」は、再発予防だけではなく、治療を終えたその先の暮らしを支える、大切なヒントでした。
腸から始まる、社会全体のウェルビーイング
― 日本ガットフレイル会議 ―

「普通に働いている人たちの中に、お腹の調子が悪いのに、自分で何とかしながら働いている人が多いんじゃないかなと思って」
この言葉から、一般社団法人 日本ガットフレイル会議は始まりました。
内藤先生が、日本ガットフレイル会議で向き合おうとしているのは、お腹の不調を抱えながらも、「このくらいなら大丈夫」と我慢し、毎日を過ごしている人たちです。
便秘や下痢、食後の膨満感、胸やけ・・・。
「このくらいなら仕方がない」と、お腹の不調を抱えたまま仕事や家事を続けている人は少なくありません。
そうした現状を知るため、日本ガットフレイル会議では約3,000人を対象としたインターネット調査を行いました。
その結果、お腹の症状を抱え、「ガットフレイル」が疑われる人は約37%にのぼることが分かってきたといいます。
調査ではさらに、お腹の症状がある人ほど、睡眠障害が多く、労働生産性も低い傾向が見られました。
お腹の不調は、睡眠や仕事のパフォーマンスにも影響を及ぼしていることがうかがえます。
内藤先生は、お腹の不調を「我慢するもの」ではなく、社会全体で向き合うべき健康課題として捉えています。
そして、その課題解決に向けて、新たなアプローチも始まっています。
例えば、自分の腸の状態を「見える化」すること。
お腹の音を測定するデバイスや、トイレのセンサーなど、新しい技術を活用しながら、誰もが自分の腸と向き合える環境づくりが進んでいます。
「胃腸から始まるWell-being。」
一人ひとりの健康から、社会全体のウェルビーイングへ。
日本ガットフレイル会議は、その新しい一歩を踏み出しています。

とくに働き盛りの人も含んだすべての人のWell-beingを「ガット」への対策から目指します
(画像提供:内藤 裕二先生)
健康は、自分らしく生きるための土台
内藤先生が繰り返し伝えていたのは、健康は病気になってから考えるものではないということでした。
健康は、自分らしく生きるための土台です。
その土台を支えるのは、毎日の食事や睡眠など、日々の暮らし。
安易に病院を頼る前に、食生活を見直して日常生活を改善し、未病の意識を高める考え方や行動が健康寿命のためには必要です。
そして内藤先生は、これからの時代は「健康長寿」のその先にある「ロンジェビティ」という視点が大切になると話します。
長生きすることだけを目指すのではなく、年齢を重ねても元気に働き、学び、人とつながりながら、自分らしく生きていくこと。
そして、その経験や力を生かし、社会に貢献できること。
その健康を支えているのが、毎日の食事や睡眠など、日々の暮らしです。
そのために、毎日の食事や睡眠を見直し、腸内環境を整えていく。
今回のインタビューは、「腸活」という言葉の意味を広げるとともに、私たちの健康との向き合い方を、アップデートしてくれました。
【インタビュー記事担当者】

編集長:上田あい子
編集ライター:友永真麗
