医療の進歩により、「がんとの共生」の時代となった今、抗がん剤によるアピアランス(外見)の変化、リンパ浮腫や腰痛などのがん治療による合併症の痛み、QOL(生活の質)の低下など、術前術後や治療中に生じるさまざまな問題への対応が一層重要性を増しています。
がんリハビリテーションでは、がんやがん治療による体への影響に対する回復力を高め、身体の能力を維持・向上させることで、患者さんのQOLを可能な限り高く保ち、その人らしい人生を歩めるようサポートします。
がんに対するリハビリテーションに関する、現状の課題とがんリハビリテーションの未来について、長年にわたり医療現場で経験を積み、現在はがん情報サイトでの相談員や医療法人の顧問を務めるなど多方面で活躍されている理学療法士の金川潤也さんにお話を伺いました。
Profile
理学療法士の専門学校卒業。鹿児島県内での病院勤務、東京大学医学部附属病院、専門学校久留米リハビリテーション学院で教員、東京大学医科学研究所附属病院、埼玉医科大学病院などの現場を経験。緩和医療科の立ち上げやウェアラブルデバイスの開発にも携わる。現在は、がんの患者さんの治験の被験者募集やがん情報の発信を行うがん情報サイト「オンコロ」で患者の治験の相談、NPO法人車椅子の会サイレントフット理事として就労継続支援B型事業所活動支援、医療法人社団鎮誠会顧問も勤めるなど、医療の世界を外側から包括的にサポートしたいという少年時代からの想いを原動力に、幅広い視座から様々なステークホルダーとコミュニケーションをとりながら、橋渡しの役割を果たしている。
がんリハビリテーションとは?
がんに罹っても自分らしく生活するために
欠かせないリハビリテーション
──がんリハビリテーションとはどういう医療なのか教えてください。
がんリハビリテーションとは、治療時期や病状にかかわらず、「がんに伴い身体能力が低下しても、可能な限り日常生活を維持できるようにケアする医療」です。がんリハビリテーションの目的は、がん患者が望むその人らしい生活を送れるようにサポートすること。また、緩和ケアの一環として、心と体のさまざまなつらさに対処する目的でも行われます。
がんの初期から、治療と一緒に行われる必要があるので、対象者はがん患者全員となります。
がんリハビリテーションを受ける時期と病期別の目的
──がんリハビリテーションではどのようなことをするのですか?
がんと診断された直後から始める「予防的リハビリテーション」、治療と並行して受ける「回復的リハビリテーション」、再発/転移の時期には「維持的リハビリテーション」、症状緩和を中心とした医療が行われる時には「緩和的リハビリテーション」というふうに4段階に分かれています。
「予防的リハビリテーション」では、例えば運動不足を予防することで、がん治療におけるリスクを最小限に抑えながら障害の予防を図るを目的としてサポートしていきます。
「回復的リハビリテーション」「維持的リハビリテーション」では、手術後や、化学療法中の状況で、手術前の身体的な状態に可能な限り戻したり、疾患の進行に伴って体に変化が起きてきたときに、リハビリを通してできるだけ動ける状況を維持していく目的でサポートします。
また、私が専門的に携わっていた「緩和的リハビリテーション」になりますが、ご本人やご家族の要望を尊重しながら、安全かつ安心して生活が出来る状況をリハビリテーションを通じて支援する取り組みを実施していました。
このような患者さんに対しては、たとえば亡くなる直前でも、寝ているポジションを少し変え、下顎を軽く挙上することや、わきの下のクッションのポジションの工夫などで、最後の瞬間においても少しでも呼吸が楽になり、ご家族が看取る際には、最後までリラックスできている空間を提供していきます。患者さんの状態がわずかでも改善する可能性があるならば、リハビリテーションが介入できる余地は最後の瞬間まで存在するのです。
「最後まで自分の足で歩いてトイレにいくぞ!」を支援するリハビリケア
日常生活活動(ADL)で考えたとき、下記の図に示すように、一人の患者さんが就労可能な体の動きや歩行可能な状態、または寝たきりの状態があるとして、青色の線のように直前まで元気で動けてシュッと亡くなるぐらいが多くの人が望む姿かもしれません。いわゆる「ピンピンコロリ」みたいなイメージですね。しかし、現実はなかなかそうもいかず…。病気によって歩行が難しくなると、リハビリの必要性が生じます。
「日常生活の活動」とその中である一定ラインを超えた「運動状態」があったとしたら、例えば患者さんが「私は普段から歩いています!」と言われるけれど、現実的には必要とされる運動状態に達していないケースを散見します。そこで私たち理学療法士などリハビリテーションに関わる職種はそのいつも以上に頑張っている状態をうまく提供できるよう考えています。
加齢による変化や病気などによって活動性が低下してきた患者さん一人ひとりの現在の状況を確認し、具体的な目標を設定しながら、「一緒に頑張っていきましょうね」と協力して進めることが、リハビリとしてサポートできることです。
がん患者さんの運動器に起こることは、がんによる骨転移などの直接的な運動器の問題もあれば、抗がん剤治療でおこる倦怠感や、末梢神経障害などよる運動器の問題、がんと併存する変形性膝関節症などの運動器疾患の進行など様々な問題が発生します。それぞれがんに影響して移動能力が低下していくので、わかりやすくいうと、「最後まで自分の足で歩いてトイレにいく」という目標をしっかり支援できれば、それがリハビリの成功とイメージしていただければいいのかなと思います。
がんの治療法によるがんリハビリテーションの違い
──がん治療法によるがんリハビリテーションの違いはありますか?
がん治療法による違いでいうと、可能な限り自分の持っている能力を最大限に発揮して動ける状況をどう維持しようかということなので、その大きな目的としての違いは特にありませんが、それぞれの治療法や時期、患者さんの状態に応じて具体的な内容については変わってきます。
●手術療法
手術も術前術後でリハビリに違いがあります。呼吸機能が落ちた患者さんで全身麻酔に耐えられなかったら手術ができないので、まずそこを頑張りましょうというリハビリもあれば、手術後で、状態を回復するためのリハビリもあります。これは術前術後のいろいろな状況が考えられます。しかしながら、大切なポイントとしては、できるだけ術後早期にベッドから起きて活動することを支援するのがポイントです。
●放射線治療
さまざまながん種の中で放射線治療は使われています。少し副作用が後で出てくる場合があるので、その部分の管理やリハビリが必要になってきます。また放射線治療も数回に分けて照射を行う場合もあれば、そうでない場合もあります。照射の目的やこれまでの治療状況に応じてその内容はことなりますが、それらの治療を円滑に進めるためのフォローとしてもリハビリテーションの担う役割は大きいです。
●抗がん剤治療
治療中、投与してから数日経って出てくる副作用の状況を見ながら、リハビリしていく必要があります。痛みに対しての悪循環を作らないようにするためのリハビリの介入が必要です。また抗がん剤治療を実施しても、患者さんの状態は投与日から数日単位で調子の良さが変わることがしばしばあります。この際に必要なことは、治療を通して自分なりの活動しやすさなどを感じて、生活のリズムを再構築することが必要であると考えます。
どの治療も、可能な限り患者さんの日常生活動作のレベルを下げないということを、それによってQOLを下げないということが目的としてあるので、細かい部分の違いはあるかもしれませんが、がん治療による目標・目的は変わらないかもしれません。
「明日をちょっと良くするプランニング」
患者さんの状態に合わせたがんリハビリテーションの重要性
あと大事なエッセンスとしては、放射線治療や抗がん剤治療などがん治療実施できるかどうかは、患者さんが日常生活の中でどれぐらい動けているのかで決まってきます。たとえば、1日のうちの半分以上ベットの上で過ごしている人だと、副作用の問題も出てくるので、抗がん剤治療が難しくなり、その段階で緩和的リハビリテーションへの移行が検討されます。
予防的または回復的なリハビリの場合は、今の元気な状態を維持するためのリハビリ。回復的から維持的、そして緩和的の段階では全身状態を落とさずに、できるだけ歩いて行動でき、日中の軽作業まではなんとかできる状況を維持することが、化学療法などのがん治療を継続できるきっかけになります。
リハビリの重要性は、患者さんの病期に適した目標を設定し、それに向けて全身状態を最適な状態でキープしながらがん治療を継続できる体づくりを応援しようということでもあります。
──患者さん一人ひとりに合わせてカスタマイズして、治療が良い状態で受けられるように体づくりすることが、がんのリハビリテーションなんですね。
はい。患者さん中心のアプローチを通じて、リハビリテーションに関わる職種のみならず、医師、看護師、栄養士、歯科衛生士など、さまざまな専門職が連携して、患者さんの現在の状況や目標を共有し、「今、この患者さんはこれが目標です。今、この時期にいます、だからここまで頑張りましょうね」といった共通の理解を築いていきます。多職種協働でチームアプローチを実施するためにも、患者さんと医療者が共通理解を得られる分かりやすい言葉で、変化し続ける患者さんの状態に合わせて、共有し続けることが大切です。その中で、患者さん自身が、今何を求めていて今後どうなりたいかにも焦点を当て、患者さんと連携する医療チームでバランスよく検討していきます。
患者さん中心のアプローチは、多職種が協力して知恵を出し合い、患者さんの状況を多角的に把握し、その人に最適なケアプランを共同でつくっていくということが、今の医療に求められています。
──本当にそれが理想だと思います。専門家のグループで患者さんが希望するレベルまでもう一度戻すためにですね。
ACP=明日をちょっと良くするプランニング
患者さんだけが想いを伝えるだけでは医療として成り立たないし、医療者側だけが「いやいやあなたはこういう状況だから早くこうしたほうがいいよ」と治療を進めても医療として成り立たないんですよね。
それぞれの想いがあるけどもみんなで考えていきながら、いい医療を提供していくことが大事で、私はそれをACP(アドバンスケアプランニング)になぞらえて、「明日をちょっとよくするプランニング」と自分なりに考えてみました。これをみんなができればいいなと思っています。良い言葉でしょう(笑)
ACP(アドバンスケアプランニング)とは、将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、 本人を主体に、そのご家族や近しい人、医療・ ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援する取り組みのことですが、自分ごとに置き換えて勝手に考えてみました(笑)。「ACP=明日をちょっとよくするプランニング」、チアーズビューティーさんと一緒に提案していきましょう! 常にACPでいこう!と。
がんリハビリテーション(がんリハ)を知ってほしい
がんリハビリテーションを受けられる医療機関
──がんリハビリテーションは全国どこの病院でも受けられますか?
全国のがん拠点病院や手術、化学療法ができる病院ではおよそ提供できる体制はあります。ただ、良くあるケースとしては外来通院で化学療法だけの患者さんがリハビリに入るケースは少ないですね。
──それはなぜですか?
入院治療している患者さんは、日々の変化を医者が診れるので、リハビリが必要なタイミングがわかり、ほとんどのケースでリハビリが介入します。一方、朝病院にきて化学療法を受けて帰る外来通院の患者さんだと、タッチポイントが少ないため、がんを診断されたタイミングからリハビリを継続しながら調子を底上げするというイメージが持ちにくいんです。
なので、もしがんと診断されたら先ほど申し上げた「明日をちょっとよくするプランニング」のためにはリハビリが必要なんだよということを、思い出してほしいですね。
治療を良い形で続けていくために最も必要なことは”コミュニケーション”
──がんリハビリテーションの視点から治療をうまく継続していく鍵は何でしょうか?
日常的なコミュニケーションが患者さん、家族、医療者の間で円滑に行われ、情報の格差が生まれないようにすることが、実はかなり重要なポイントになります。
たとえば、内臓の痛みが出るがんに罹った患者さんがいます。がんが進行する中、患者さんは痛み止めを服用し、症状の変化に気づいた後、医師と協力して治療を調整します。このような過程では、薬剤の変更や副作用、日中の動きに関する具体的な情報を医療者と患者さんが「いつ、どのように、どのくらい、どんな時に、どのような症状があらわれて、それがその程度持続し、生活の中でどのように問題となっているか?」を共有することが、治療をスムーズに継続していくためには不可欠です。
これは他職種と協力して患者さん中心に診ていく医療の実現に向けて非常に重要であり、患者さんも医療者も一人で抱えないことが大切です。
がんリハビリテーションにおける課題
──初期も含めて手術する、またはしないに関係なく、がんに関わるみんながリハビリを取り入れることでより生活が良くなるということですが、今、医療機関でもそういう認識はあるのでしょうか?
認識はあります。ただ診断名がつかなかったり、医師からリハビリの指示が出ないと私たちは動けないので、そこは一つ難しいところではありますね。
一方で、がんによる問題だけでなく、がんによって動けなくなり、それが腰痛など他の症状を引き起こす場合も多くあります。例えば、がんとは無関係の筋筋膜性腰痛(筋肉痛みによって起こる腰痛)ががん患者にも見られるなど、そういうケースも往々にしてあります。
がんと共存していく中でもそういう形でリハビリを必要とされる人はたくさんいらっしゃいます。
リハビリを必要とする人が、何かことが起こってから対応する社会ではなく、必要とされる人がそのタイミングでみんなが等しく受けられる社会をどうやって作っていければいいのか考えていかなければいけませんね。
──そうですよね。どちらが先かという話もありますね。がんになる前から、身体の不自由があれば、それはがん関係なく取り除かないといけないものだけど病名がつかないから結局なんとなく過ごしているというか…。
欧米や日本の現状での違い
──欧米のがんリハに対する意識と日本に違いはありますか?
欧米が進んでて日本が進んでないということはほとんどありません。
文化的な違いは一部あるかもしれません。色々な人とコミュニケーションを取らないと医療は成り立たない中で、患者さんが「先生に負担かけるのは…」とか「何も言わない方がいいかも…」と、空気を読みすぎる医療になると、うまくいかないので、そこはしっかり「私中心で医療がちゃんと成り立ってるんだよね、だから私が色々な人とお話しする必要があるんだよね」ということをみんなが理解しながら進めていくと、こういう格差は減ってくるのではないかなと思います。
個別化医療の進展で、全てのがん患者さんが
自分に合う医療を受けられる世の中へ
がんリハビリテーションの未来
2人に1人が、がんに罹る世界になってきて、数年前からは出生人数よりもがんと診断される人数の方が増えてきました。
「もしも、がんになったら」という時代から、「がんが当たり前の病気」となった今、私たちが今後、がん医療と関わっていくにはテクノロジーとうまく共存しながら、誰もが等しく医療を受けられる体制づくりが不可欠です。また、そういう社会になってくるのではと感じています。
遺伝子検査や遺伝子パネル検査を含む個別化医療は、ここ数年で大きく進展していて、将来的には治療薬の選択だけでなく、患者さんに対する個別化医療の細分化が一層進むでしょう。この進化により、がん患者さんはより効果的かつ個別化された医療ケアを受けることが可能になり、治療後のQOL向上が見込まれます。
参考サイト:がん情報サービス「がんとリハビリテーション医療」
参考資料:がんとリハビリテーション医療
【インタビュー記事担当者】
編集長:上田あい子
編集ライター:友永真麗
コメント