近年、がんの手術や薬物療法などの治療法は大きな進歩を遂げています。それに伴って今後は、がんに罹ってもその後の人生をどう自分らしく生きるかを選択できるようになってきました。そのために欠かせないのが「支持医療」と言われる治療中と治療後のサポートです。しかし、まだまだその認知は低く、必要とする方々に届いていないのが現状です。
「支持医療」の学術的研究を推進し、その実践と教育活動を通して、これらの課題に取り組むために設立されたのが、日本がんサポーティブケア学会(JASCC)です。
同学会には、現場の医師をはじめ、看護師、薬剤師、理学療法士、栄養士といった多職種の医療従事者が関わり、さらにがんサバイバーや患者会も加わって、病気になっても不安が少ない社会を目指しています。
今回、日本がんサポーティブケア学会の理事長 佐伯俊昭先生(埼玉医科大学国際医療センター病院長)と、理事でもあり「第9回日本がんサポーティブケア学会学術集会(#JASCC24)」の大会長を務める渡邊清高先生(帝京大学医学部内科学講座腫瘍内科)に、日本がんサポーティブケア学会が発足した背景や、2024年5月18日(土)・19日(日)に行われる学術集会の見どころについてお話を伺いました。
この学術集会へは学会の会員、医療従事者の方はもちろん、がん経験者、がん患者を支えたい想いのある一般の方であればどなたでも参加できますので、関心がある方はぜひ足を運んでみてください。
目次
「支持医療(サポーティブケア)」を社会に広めることが
がん患者さんの幸せにつながる
──「支持医療」の発展のため、日本がんサポーティブケア学会が発足した経緯を教えてください。
佐伯:
がんは世界的にみなさんが悩んでいる病気の一つです。高度急性期や急性期の患者さんに対する初期治療の成功例は増えてきた一方で、その後のケアが課題となってきました。命は救われたものの、副作用に苦しんだり、後遺症が残る方も多く、その患者さんたちをサポートする「支持医療」が不十分でした。
なぜ、「支持医療」が十分に行われなかったかというと、多くの医師ががん治療において薬の効果は学ぶのですが、その副作用について学ぶ機会も少なく、がんの治療薬には副作用が付きものだから仕方がないという認識が広まっていたからです。
私たちは、がんの外科療法、放射線療法、化学療法、免疫療法などと同じぐらいに、治療開始後に起こる副作用や後遺症の軽減、予防も大切だと考えています。そこまでを包括的に考慮することで、はじめて正しい医療の提供ができるのではないかと考えます。
医師が目の前の患者さんを治療する上で、副作用がひどくても、患者さんに我慢させてがん治療を続けて良いのか、頑張っている患者さんを支える研究や学会もないことに私自身も疑問を持ち、もっと患者さんに寄り添ったがん医療を提供するべきとの想いで「日本がんサポーティブケア学会」を立ち上げました。
──「支持医療」の大切さに気づいてから、様々な研究をされてこられたのですね。
佐伯:
がん治療は治療効果の高い医療の研究・開発が極めて重要であり、その進歩は著しいものです。一方で、なるべく副作用が少ない治療法や、副作用を緩和するための治療やケア、そして予防する方法に関しても、ここ十数年の間にがん治療と同等かそれ以上に進歩が見られています。我々医師は副作用の予防・治療を知らないでは済まされません。
渡邊:
具体的にはガイドラインの作成があると思います。
佐伯先生は、福岡大学 名誉教授 田村和夫先生、戸田中央総合病院腫瘍内科部長 相羽惠介先生と一緒に、日本で初めて制吐薬適正使用ガイドラインを作成されました。
以前は抗がん剤治療には、治療開始後に吐き気がおさまらなかったり、食事が全く取れずどんどん痩せ細ってしまうなど、悲壮なイメージがありました。しかし、吐き気を抑える制吐剤の開発とそれを適正に利用して副作用を予防・軽減する研究により、ガイドラインが確立されました。その結果、抗がん剤治療を受ける患者さんの多くが、ほとんど吐かず、食事もとれるようになり、気力と体力も維持できて、抗がん剤治療を継続することで高い治療効果を得ることができるようになってきました。
また、2023年3月に策定された第4期がん対策推進基本計画の中に、がんの予防、がんの医療、がんとの共生といった、取り組むべく施策のなかに「がんの支持療法の推進」が明記されたことからも、手術や抗がん剤などのがん治療と同様に「支持医療」が重視されてきたとわかります。
──日本がんサポーティブケア学会の運営体制を教えてください。
佐伯:
私たちの学会は、「支持医療」の分野、主にがん治療による副作用や後遺症の予防・軽減を中心とした研究のため、医師をはじめ多職種の医療従事者、がん経験者で構成されています。
現在は17部会でテーマ別に分かれ、がん治療後の副作用や後遺症を仕方がないことと捉えるのではなく、そこに光を当てて研究を重ねています。
がん患者さんを診てきて感じることは、実は病気を治しても副作用や治療に伴う後遺症の影響によって患者さんが必ずしも幸せになっていないこともあるということ。それではなんのために医療者は病気を治しているのかわかりません。
私たちは患者さんの幸せを願い、懸命に治療に取り組んでいます。それをきちんとエビデンス(証拠)に基づいて、再現性の高い支持医療を提供するために活動しています。
研究には医療者だけでなく、様々な立場の視点が不可欠です。そのため、今度行われる学術集会では一般市民の方や行政を巻き込んで、同じ土俵でしっかりと議論しましょうと、理事の渡邊先生が舵を取り、素晴らしい企画を準備されています。
「私たちの夢をかなえるがん支援医療」
第9回日本がんサポーティブケア学会学術集会(#JASCC24)の開催
──「日本がんサポーティブケア学会学術集会」の目的を教えてください。
渡邊:
がん支持医療を広く知っていただくために、最新の知見や成果を発信することを目的として開催します。また、がん患者さんのQOLをよりよくするために「支持医療」でどんなことができるのかを参加者の皆さんと一緒に考えていきます。
昨年2023年に行われた「第8回日本がんサポーティブケア学会学術集会」は、国際がんサポーティブケア学会(MASCC)と合同で、アジアで初めて奈良県で開催され、多くの方々にご参加いただきました。その熱い議論を受け継ぐ形で埼玉県で開催します。
──「日本がんサポーティブケア学会学術集会」の目的を教えてください。
渡邊:
今回は「私たちの 夢をかなえる がん支持医療」というテーマを掲げ、大きな特徴は2つあります。
1つは、企画段階から患者さんに参画いただき、がん経験者の方とこれからの「支持医療」について一緒に語り合ったり、交流できるプログラムを用意しています。
──プログラムを見させていただき、すごく患者さんの視点を取り込まれた企画だなと感じました。
渡邊:
ありがとうございます。これまでの患者市民が参画する枠組みは、患者さんや当事者の方はゲストとして参加され、研究について情報を受け取ったり、あらかじめ議論された内容をチェックするかたちでの関わりであることが多かったように思います。
今回の学術集会では、「支持医療」だからこそ、研究や診療について当事者の立場での発信や提案に患者さんも一緒に加わっていただけるプログラムを数多く立ち上げました。患者さん・当事者の方も一人の参加者として、または研究や実践報告についてご自身で発表者として参加される方もいらっしゃいます。
がん患者さんや経験者の方々が、医療従事者や研究者と同じ視点で参画できるよう、プログラムの構成を組んだという点には、日本がんサポーティブケア学会の特徴が際立っていると思います。
もう1つの特徴としては、地域や行政の枠組みを巻き込んだプログラムです。これからの支持医療の推進をテーマに、国や自治体(都県)など、行政でがん対策を担当している方とセッションを行います。
質の高いがんの「支持医療」が全国あらゆる地域で受けられるような仕組みを実現するためには、医療機関やがん診療連携拠点病院だけでは限界があります。そこで、行政に主体的に関わっていただき、地域の医療機関や看護・ケア・介護などさまざまな専門性を有する医療者が、知識と経験を持ち寄り、必要な情報を収集して、さまざまな支援の取り組みをコーディネート(調整)していく役割が非常に重要です。
都道府県では、アピアランス(外見)ケア支援や仕事と治療の両立支援など、がん患者さんの支援に向けた施策単位で取り組まれているところが増えてきています。一方、それを地域の医療やケアに関わる幅広い関係者と一緒に情報交換をしたり、課題を共有して勉強会をしたりというところまでは広がっていないように感じます。もちろん先駆的に取り組まれている地域や自治体はあるので、良いモデルから学んだり解決に向けた知恵やノウハウを知ることによって、患者さん支援の取り組みを「点」ではなく「面」として広げていくきっかけになればと思い、行政との連携の可能性を探るこの企画を提案させていただきました。
──同時に開催される市民公開講座では、子ども向けのプログラムもあるんですね。
渡邊:
はい。学術集会の2日目には、主に小・中学生を対象として、わかりやすくがんのことや新型コロナウィルスなどの感染症のことを知り、正しい知識をもとに、予防の大切さや治療やその後のケアのことを学び、一方で病気に罹った人たち(お友だちを含む)とどう接し、支えるとよいのかを一緒に学び、考える企画となっています。
信頼できる情報をもとに、根拠に基づく医療やケアを、様々な専門性を持つ医療者がチームとして関わり質の高い「支持医療」を地域で暮らす患者さんや支援者の方に届け、社会に浸透させていくことが、がん患者さんのQOLを改善・維持し、夢をかなえることに近づくと思っています。
がん患者さんを孤独にしないために
それぞれの立場でできることを
──日本がんサポーティブケア学会の課題は?
佐伯:
まだまだ課題は山積みです。制吐薬適正使用ガイドラインをきっかけとして、「支持医療」のガイドラインは増えてきました。しかし、多様な副作用に対するガイドラインは足りていません。
第4期がん対策基本計画に「(支持医療を)様々な関係者が推進する」と書かれていますが、具体的にそれはがん診療連携拠点病院なのか、自治体なのか、医療従事者なのか…まだまだ具体的な行動計画や、普及の進め方、医療機関できちんと実践されているかの評価の仕組みも十分に確立されていません。
患者さんの体験ベースで考えても副作用や、後遺症で苦しんでいる方はたくさんいらっしゃいます。「支持医療」についての知識や研究は進んできていますが、それが実際に全国にいらっしゃる患者さんのところに届いていないこと、地域ごとに格差があるというのが現状の課題です。
──最後に、日本がんサポーティブケア学会の今後の目標をお聞かせください。
佐伯:
まずは医療者のかたに「支持医療(サポーティブケア)」に関心を持っていただき「支持医療」という言葉を広めていきたいですね。
私が学生さんによくお話しするのは、「手術や治療に関してのガイドラインは整っているので、それを見ながら治療はできるけれど、問題はがん治療開始後の副作用や治療の後遺症をどうやって予防し治療するのか、そこにお医者さんとしての実力があるんだよ」と伝えています。
患者さんに質の高い医療を提供するためには、チーム医療が不可欠です。医師1人で患者さんを治療できるわけではないので、私も現場では看護師、薬剤師、理学療法士、ソーシャルワーカーなどを巻き込みながら患者さんに医療を提供しています。
日本がんサポーティブケア学会も同じです。多職種の会員の方々によるチーム体制が不可欠で、もっとがん患者さんをサポートする輪を広げていくことが目標の1つです。
「支持医療」を医療界、そしてチアーズビューティーさんのようながん患者さんを支える活動を行っている一般社会の方々にも普及していくことが、私たちのこれからの使命だと思っております。
──先生方や患者さんだけでなく、家族や患者さんを支えたいと思っている人たちもどんどん巻き込んでいけたら、社会がよくなっていくんじゃないかなと思います!
佐伯:
まさにそうなんです。みなさん方ができることを少しずつでもやっていただくことが「支持医療」の実現には必要です。
がん患者さんを孤独にしないために一緒に頑張っていきましょう!
──本日は、とてもわかりやすく想いをお話しいただきありがとうございました!
インタビューを終えて・・・
これからは、がんを乗り越えたあとの人生をどう生きていくかというところにもフォーカスを当てて、がん治療を考えることが大切で、そのために先生方が日夜、患者さんのための環境を考えてくださっていることに感銘を受けました。ただ、「支持医療」の実現には多職種、患者・当事者、行政や一般市民が連携しなければ困難であることも感じました。私たちも微力ではありますが、がん患者を孤独にしないために情報発信を続けてまいります。
今後、チアーズビューティーでは第9回日本がんサポーティブケア学会学術集会(#JASCC24)のレポートもしますのでお楽しみに!
【インタビュー記事担当者】
編集長:上田あい子
編集ライター:友永真麗
コメント