
「結婚したら、子どもができると思っていた」
「自分が妊娠しにくいなんて、考えたこともなかった」
今回の座談会に集まったのは、不妊治療を経験した4人の女性たち。
治療を経て子どもを授かった人もいれば、夫婦で話し合い、治療を終えることを選んだ人もいます。治療を始めた時期も、経験したことも、それぞれです。
そんな皆さんに共通していたのが、「まさか自分が」という思いでした。
どうして治療を始めることになったのか。先の見えない日々の中で、何を感じていたのか。そして、仕事との両立で、どんなことが大変だったのか。 それぞれの経験を、当時の思いとともに聞きました。
参加者の自己紹介

村上 絵莉奈さん(40代)
二人目不妊を含め、約8年間にわたり不妊治療を経験。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)があり、約5年間のホルモン療法を受ける。その後、体外受精に進み、採卵3回、胚盤胞移植7回を行った。化学流産や初期流産も経験し、妊娠するも妊娠23週、500g未満で娘を出産。現在、娘は3歳。
治療:ホルモン療法、体外受精

外薗 ゆかりさん(50代)
治療:タイミング法、人工授精

藤岡 麻美さん(30代)
29歳から35歳まで、休止期間を挟みながら不妊治療を経験。治療を休んでいた時期に自然妊娠するも、流産を経験。現在は不妊のカウンセリングサービスを運営している。
治療:タイミング法、人工授精、体外受精

橋本 えりさん(40代)
37歳から不妊治療を開始。妊娠するものの流産を繰り返し、不育症と診断される。39歳で妊娠し、出産。現在、娘は7歳。
治療:タイミング法、人工授精
「自分が妊娠しにくいなんて、思っていなかった」
私自身も、不妊治療は本当に「まさか自分が」という感じでした。 小さい頃から体も丈夫で、風邪もあまりひかなかったので、自分が妊娠のことで悩むとは思っていなかったんです。 でも、妊娠はするものの、流産を繰り返していて。病院で先生から「不育症ですね」と言われたことが、治療を始めるきっかけになりました。 皆さんはどうでしたか? 不妊治療を始めることになったきっかけを聞かせてください。
私も正直、自分が妊娠しにくいかもしれないなんて、思ったことはなかったんです。子どもを望んだら、当たり前に妊娠できるだろうと思っていました。 ただ、振り返ってみると、ずっと生理不順だったんですよね。半年くらい生理が来ないこともあったんですけど、学生時代は生理はお腹が痛くなるし煩わしくて、「来なきゃ来ないでいいか」くらいに思っていました。
その頃って、生理不順が将来の妊娠だったり、女性の体にいろいろ関わってくるなんて、知らないですもんね。
そうなんです。それで、20歳の頃に子宮頸がん検診のお知らせが来たのをきっかけに、婦人科を受診したんです。そのとき、生理不順も治そうと思ったんですけど、処方されたピルが体に合わず、仕事ができないくらい気持ち悪くなってしまって……。当時はまだ生理がそんなに重要だと思えていなかったので、通院をやめてしまいました。
その後、29歳で結婚して、夫とも「子どもは欲しいね」と話していたので、「じゃあ、まず生理不順を治さないとね」と。本当に「生理不順、治しに行ってきまーす」くらいの軽い気持ちで婦人科を受診したんです。
そうしたら、検査後の診察室の椅子に座るか座らないかくらいのタイミングで、「あなた、不妊症ですね。うちでは不妊治療ができないので、ほかに行ってください」って言われて。
そんな突然言われたんですか?
そうなんです。私、中腰で「えっ?」って言いましたもん(笑)。椅子に座ることなく、そのまま出口から出ていったような感じでした。なので、不妊治療を始めようと思って受診したわけじゃなく、生理不順を治そうと思って行ったら、まさかそこから治療が始まるなんて、思ってもいませんでした。
それはびっくりしますよね。もう少し丁寧に伝えて欲しかったですよね。
私も、結婚したら子どもができるものだと思っていました。
でも、1年経っても、2年経ってもできない。内心では「もしかしたら……」という不安はあったんです。でも、それを認めるのが怖くて。
「たまたまだろう」「そのうち絶対できる」って、自分に言い聞かせていました。
認めたくないお気持ち、すごく良く分かります。
そんなとき、母から「結婚して3年経つから、一度病院に行って検査してみたら」と言われたんです。それで、「もう先延ばしにはできないな」と。腹を決めて病院へ行きました。
お母さまの言葉が、病院へ行くきっかけになったんですね。
そうですね。やっぱり、認めるのが怖かったんだと思います。
私は29歳で結婚して、妊活を始める前に、不妊治療専門のクリニックへ行きました。 職場に不妊治療をしている先輩がいたので、まずは自分も検査をしておきたいと思ったんです。 それまで自分が妊娠しにくいと思ったことは一度もなかったですし、生理も毎月順調に来ていました。だから、「大丈夫だっていうのを知りたくて」行ったのに…。
妊活を始める前に、自分の体を確認しておこうと思って受診したんですね。
そうなんです。実際、検査でも特に問題は見つかりませんでした。 でも、タイミングをとってもなかなか妊娠しなくて。タイミング法を始めて1年くらい経って、ようやく「あ、私はもしかしたら妊娠しにくいのかも」と思うようになりました。
職場に不妊治療を経験した先輩がいたことが、まず自分の体を知ろうと思うきっかけになったんですね。 こうして聞いてみると、同じ不妊治療でも、治療を始めることになったきっかけは本当にそれぞれですね。
「ゴールがどこか分からない」先の見えない治療
実際に治療が始まってからはどうでしたか? 治療を続けていく中で大変だったことを教えてください。
私は、一番大変だったのは「先が見えなかったこと」ですね。
例えば、マラソンだったら42.195kmってゴールが分かっているじゃないですか。「あと何km」と分かるし、途中に給水所があることも分かる。だから、「そこまで頑張ろう」って思えるんですよね。
でも、不妊治療って、それがないんです。
どこまで行けばいいのかも、どこで休めるのかも分からない。ゴールに近づいたと思ったら、また遠くなったりして。
マラソンの例え、すごく分かりやすいです! 私も、自分が今どの地点にいるのか分からなくて。ずっと行ったり来たりしているような感覚でした。
ですよね!私はフルマラソン走ったことありませんが(笑)。流産も経験しているので、ゴールに近づいたと思ったら、また遠くなったりして。
頑張ればここまで行ける、という目安がないですもんね。
そうなんです。治療すれば妊娠できるという保証もないですし、次こそはと思っても、また結果が出ない。その繰り返しで。
先が見えないつらさに加えて、治療そのものの身体的な負担はどうでしたか?
私は多嚢胞性卵巣症候群があって、なかなか排卵できず、最初の5年間はホルモン療法を続けていました。
薬で気持ち悪くなることもありました。その気持ち悪さって、つわりに似ていたんです。採卵前にはお腹がすごく張って、体もしんどくて。でも、不妊治療をしていることって、周りには見えないじゃないですか。
妊婦さんだったら、つわりで気持ち悪そうだったり、お腹が大きくてつらそうだったりすると、周りからも分かるので、「大丈夫?」「代わろうか?」って声をかけてもらえる。でも、不妊治療は隠している人も多いから、同じくらいしんどくても、周りには分からないんですよね。それもつらかったですね。
周りからは見えなくても、本人は体もしんどいし、気持ちもずっと揺さぶられているんですよね。
そうなんです。私は、卵がなかなか育たない時期を過ごしているので、診察台に乗って足を広げていると、カーテンの向こうから先生が「あー」って言うんですよ。それを聞いただけで、「また育ってないんだな」って。
それを何度も何度も繰り返しているうちに、全部をダメな方にしか捉えられなくなって。そんな時期が長かったですね。
やっぱり、自分が思い描いていた未来につながらないような結果が何度も続くと、「自分の何がいけないんだろう」って、自分を責めてしまったり……。精神的にもつらいですよね。
ほんとそうですよね。私の場合は、治療を始めたとき、「治療したら今度は妊娠できる!」って思っていたんです。一生懸命ちゃんとやれば、自分も妊娠できるんだって、期待して始めました。
でも、一生懸命やっても、なかなか妊娠につながらない。最初は「今度こそ」と期待していたのが、回数を重ねるうちに、今度は逆に「またダメだったらどうしよう」と思うようになって。
だんだん気持ちが追い詰められていくというか……。崖っぷちにいるような気持ちになっていったことが、つらかったですね。
あと、私が治療をしていたのは20年くらい前なので、今ほど情報もなかったですし、制度も整っていませんでした。地域には不妊治療を専門にしている病院も少なかったんです。
人工授精を6回やって、その次は体外受精という段階になったときも、体外受精がどういうものなのか、よく分からなくて。
「このまま進んでいいのかな」「どこまでやればいいんだろう」って。決めること自体が、すごく難しかったですね。それでステップを進めなかったというのも、一つあったのかなと。今振り返ると思いますね。
私は、「平気なふり」をするのがすごくつらかったですね。
治療していることを周りに言っていなかったですし、子どもが欲しいということすら言っていなかったんです。だから、周りには夫婦二人の生活を楽しんでいるように見せていました。
でも、本当の自分はそうじゃない。そのギャップが、だんだんつらくなっていきました。
周りに見せている自分と、本当の気持ちが違っていたんですね。
そうなんです。職場で子どもの話をしている人がいても、「私は全然気にしてません」という顔をして聞いていました。
本当は傷ついているのに、それを出せない。だからといって、その場から逃げることもできない。
何か大きな出来事があって一気につらくなるというより、日々じわじわくるんですよね。自分の心が、ちょっとずつ壊れていくような感覚でした。
「治療しながら働く」って、大変!
皆さん、治療を続けながら仕事もされていたんですよね。仕事との両立では、どんなことが大変でしたか?
私はタイミング法や人工授精の頃は、まだ仕事との調整はできていたんです。でも、体外受精に進んでからは、通院の回数も薬も増えて、一気に大変になりました。
当時は土木技師の仕事をしていて、職場はほとんど男性。工事現場に行くことも多かったんです。
8時間おきに膣剤を使わないといけなかったんですけど、現場だとトイレに行くタイミングも難しくて。
8時間おきとなると、仕事の予定に合わせるわけにもいかないですもんね。
そうなんです。現場に行く時間や打ち合わせの時間が薬の時間と重ならないように、タイミングを見計らいながら働いていました。
薬の保管も大変でした。職場の冷蔵庫には入れられないので、夏場はちょっとでも涼しい場所を作って置いてたり。
一つひとつは小さなことなんですけど、毎日のことなので、地味にしんどかったですね。
私はまず大変だったのが通院でした。病院まで片道60kmくらいあって、高速を使っても1時間くらいかかるんです。受診するとなると、それだけでほぼ一日がかりでした。当時、看護師として働いていて、シフトの調整も難しかったです。
ホルモン療法をしていると、経過を見ながらの通院も多かったんじゃないですか?
そうなんですよ。なので本当に周りに伝えて協力を得ないと無理でした。それでも治療と仕事を続けていたんですけど、夜勤もしていたので、「この働き方も治療にはよくないんじゃないか」と気になっていたんです。そして流産を経験したときに、「このままでは治療を続けるのは難しいな」と思いました。
そこで、急に休むことになっても、ほかの人に代わってもらいやすい部署へ異動できないか上司に相談しました。「異動できないのであれば、仕事を辞めます」と伝えるくらい、治療を続けながら今までと同じように働くのは難しかったです。
そこまで仕事との両立が大変だったんですね。私は職場の環境が少し違っていて、当時、会社の健康管理室で保健師として働いていたので、職種柄、周りにも不妊治療についての知識がありましたし、同僚には不妊治療の経験者もいたんです。なので、治療を始めたときから職場では話していました。
不妊治療について理解のある環境だったんですね。
そうですね。通院が必要なときも、お互いに仕事を調整できる環境だったので、仕事との両立という意味では、私は恵まれていたと思います。
皆さんのお話を聞いていると、治療と仕事の両立の大変さは、治療の内容だけではなく、どんな職場で働いているのか、周りにどれくらい理解があるのかによっても大きく変わるんだなと感じます。
そして、治療を続けていく中では、職場だけでなく、家族や友人など、周りの人との関わりもありますよね。 誰かの言葉に救われることもあれば、悪気のない一言に傷ついたり、「良かれと思って」の配慮が、かえってつらく感じたりすることもある……。後編へ続きます。
後半は後編では、皆さんが治療中に周囲との関わりの中で感じたこと、うれしかったことやつらかったことについて、聞いていきます!
