がん治療で着用する事になったウィッグの似合わせカット 46歳での直腸がんが転機に

一般社団法人 ランブス医療美容認定協会の代表理事豊秀之さん(左)と事務局長の岡田恵美さん(右)

がんに罹り、抗がん剤治療で脱毛した人のために、ウィッグカットの知識や健康管理を学ぶ講座を主催する一般社団法人 ランブス医療美容認定協会

美容師である代表理事の豊秀之さんは46歳の時に直腸がんに罹り、一時は美容師としての仕事から離れることを余儀なくされました。

そこで、同じ辛さ、悩みを持つ人たちと一緒に病気に負けない生き方をしようと、がん患者会のこんいろリボンの会を立ち上げ、がん患者団体支援機構の理事も務めるなど自分のできることを見つけては精力的に活動されてきました。

豊さんはがん経験者の方と交流するなかで、抗がん剤による脱毛でウィッグを被る女性たちの悩みに直面します。「美容師として彼女たちのためにできることはないか」と、がん患者に似合うようウィッグのカットを始めることに。

その後、普通の髪の毛のカットとは全く異なるウィッグのカットの技術を、全国の美容師に広めるため協会を立ち上げます。そして、病気や怪我でウィッグを必要とする女性に寄り添える美容師を“医療美容師”と名付け、現在までに454名の医療美容師を育ててきました。

「まだまだ、医療美容師の数は足りていないですね」と豊さん。一緒に協会を立ち上げたメンバーの一人である事務局長の岡田さんお2人にその道のりをお聞きしました。

がん闘病記や、全国各地の患者会活動なども掲載している雑誌「がんサポート」にも掲載されました。
記事はこちらから読めますhttps://gansupport.jp/article/document/document01/3180.html

ストーマ生活になり「お客さまの前に立てない」
自分のできることを模索しながら辿り着いた医療美容師

病気や怪我、又は先天的な容姿の問題から生じる精神的な苦痛を和らげる。その為の美容技術を身につける医療美容師認定講習。その講習を受けた美容師が所属する団体がランブス医療美容認定協会です。

「抗がん剤治療で脱毛し、ウィッグを被ったら安心して生活できるわけではないんです。そのウィッグが自分に似合っていなくて、悩んでいる女性がたくさんいます。しかし、いつも通っている美容室に相談しづらく、そうしたケアはどうすればいいのか分からない人たちをサポートしたいという想いで、2010年にランブス医療美容認定協会を立ち上げました」

代表理事の豊秀之さんは、2008年、46歳のときに直腸がんになり、手術後はオストメイトとしての生活が始まりました。ストーマ(人工肛門)をつけているため、腹痛などの問題から美容師として接客ができなくなります。まだまだ働き盛りで、さあこれからというときの病気。その後、がん患者会こんいろリボンの会を発足させたり、がん患者団体支援機構の理事となるなど多くのがん患者と一緒にがんを乗り越えてきました。

「がん経験者だからわかる『ウィッグの違和感』の悩み。
その他、アピアランスケアができる医療美容を広めたい」

美容師として働き盛り真っ只中での「直腸がん」

15歳から美容師業界で働いてきた豊さん。海外での撮影や、ファッションショーへも同行した経験 もあります。そんな高い技術を持つ豊さんは、神戸を拠点に美容師として活躍し、兵庫県下で5つのヘアサロンとアカデミーを経営していました。

そのころの名刺の肩書きは“ヘアデザイナー”。「今考えたら、何を言っていたのかなという感じです(笑)。今となっては、本当の綺麗さは表面だけを作る事ではないでって思ってますね」と肩書きを“医療美容師”と変えた豊さんは当時を振り返ります。

成功の階段を着実にかけ上がっていた2008年の9月。「自分ももう46歳。保険を解約する前に、1度、健康診断でも受けておこう」と軽い気持ちで大腸の内視鏡検査を受けてみることに。すると2日後に病院から連絡があり、直腸がんと診断されます。豊さんは、「がん=死」というイメージが頭から離れず、2日間はショック状態が続きました。

しかし3日目には仕事や周囲の人のことが気になり、「がんだからこそ、自分がやらなあかんことって何やろ……。落ち込んでる場合やないよな」と自分にできることを考え始めます。

そして手術後、自分の使命と思える活動に出会うことに。

がんに罹る前は、仕事に追われて運動も疎か、食べたいものを満腹になるまで
食べていた豊さん。病気を経験し、価値観は180度変わりました

きっかけは、NPO法人がん患者団体支援機構で
出会った女性の一言

「手術が終わり、お腹に人工肛門をつけていたのでサロンに立つことができず、『今できることをしよう!』と、そもそもがんに罹らないようにするにはどうしたらいいのか、再発しないためにはどうしたらいいのかを、がん経験者の仲間と一緒に学び始めました。これがこんいろリボンの会です」

こんいろリボンの会を立ち上げた後は、NPO法人がん患者団体支援機構に入会し、理事を務めます。そこで出会うがん患者さんの中には、ウィッグの方も多く、美容師である豊さんはその人に似合うように、その場でお直しをしてあげていました。

そんなある日、東京で行われたがん患者団体支援機構の集まりに来られていた、エッセイストの逸見晴恵さんから「豊さんね、そういうこと(がん患者さんのウィッグを似合わせるためのお手伝い)をした方がいいんじゃないの」と言われます。

その一言をいただいて、「そやなぁ。がん患者同士だし、美容師として何かやってあげられるなぁ」と、美容師の立場からがん患者支援の活動に乗り出すことになりました。

「こんいろリボンフェスティバル」ではがん経験者のシンガーソングライターのライブや
がんを告知された時の様子や家族の心の模様を描いた演劇、現役医師の講演などを行い、
より多くの人にがんについて正しい知識と検診の大切さを伝えました

「ウィッグのカットはできません」
と断られた患者さんが全国からやってくる

2009年夏、まだストーマをつけての生活が続いていましたが、まずは日本には前例がほとんどない、「がん患者向けのウィッグ似合わせ美容室」をスタート。その噂はネットで広がり、全国からがん患者さんが来られたと言います。

「うちのサロンは神戸市垂水区といって、神戸でも西のほうにあり決して利便性の高い地域ではありません。そういう場所にも関わらず、大阪、滋賀、京都、奈良、和歌山、岡山、広島などから『ウィッグを合わせてください』とご来店いただくんですよ」

遠方からわざわざ頼りにして来てくれることは、とても嬉しかった。しかし、一方で豊さんの心には少しずつモヤモヤするものが――。

「ある時から『いつも行かれている美容室にご相談はされなかったんですか?』と聞き始めたんです。そしたら『よう聞かなかった』『聞いたけれどウィッグのカットは断られた』という方が多くて驚きました。なかには『ウィッグを切るとハサミが傷つくから』という理由で断られた方もいらっしゃって、その時は同じ美容師として憤りを感じましたね」

長年自分がお世話になってきた業界がそんなことでいいのだろうか、と寂しい思いも抱えながら豊さんは知人の美容師に自分の想いを話しはじめました。

「がんという病気のことや、ウィッグが似合わず悩まれている人が多くいる現状を知り、私たち美容師だからできることがあるんじゃないかと知人に話していくうちに、少しずつ想いに共感して『ウィッグのカットを教えて欲しい』と言う美容師さんが現れはじめました。段々と人数は増えて盛り上がってきたので、じゃあ、団体を立ち上げて日本に広めて行こうという希望が大きくなっていきました」

「日本発世界初の医療美容のクオリティー認定」として
ランブスの取り組みは新聞やメディアで注目されました

必然的だったメディカルスタッフとの出会い

「岡田とは運命的な出会いでした」と協会の事務局長でもあり、サロンスタッフの岡田さんとの出会いを豊さんはこう言います。

メディカルメイクをずっとやりたかった岡田さん。ランブスの立ち上げから豊さんを支えています

ちょうど豊さんががんと宣告された年、別部署のメイクスタッフとして入社していた岡田さん。お母さんの手の傷や妹さんのあざをメイクでカバーしたいとの想いから岡田さんがメイクの道に進んだことを知った豊さんは、「これは運命だ!」と感じ一緒にランブスを立ち上げようと提案。メイクでも特に“何か困っている方のメイク”がしたいとずっと思っていた岡田さんは二つ返事で賛成し、2010年一般社団法人 ランブス医療美容認定協会が誕生しました。

最初の2年ぐらいは“医療美容師”だけを育てていました。しかし、講習プログラムにはメディカルメイク、心理カウンセリング、健康に関する知識が切り離せないため、その後、スタッフの専門性を活かしながら本格的にヘッドソーマセラピスト、心理セラピスト、アピアランスセラピストなど美容師以外でも資格を取得できる講座をつくり、もっと多くの方ががん患者支援に参加できるよう、講座のバリエーションを増やし、内容をさらに充実させることとなりました。

医療美容師講習会を行う豊さん(左)、ヘッドソーマ講習会を行う岡田さん(右)

治療による外見変化のケア(アピアランスケア)を担う
「医療美容師」とは?

あまり馴染みのない“医療美容師”とは一体どのようなことをするのでしょう?

「ウィッグ屋はウィッグを販売するのが仕事。それに対してウィッグの購入者一人ひとりに似合わせながらウィッグをカットしたり、その前後の自毛のカットまでするのが“医療美容師”です。

昔よりはだいぶ自然なウィッグが増えてきましたが、それでもまだ美容師から見ても違和感を感じます。お客さまの普段のスタイルを見ている私たちにとって、ウィッグはあくまでもひとつのツール。ウィッグのカットでその人に似合うスタイルを作るのが私たちの役目になります。

誰しも自分に似合った髪型で素敵になるとテンションが上がり嬉しくなりますよね。その喜びを生み出すことが美容師の仕事。素敵になる方法がウィッグであろうと美容師の役割は変わりません」

丁寧にカウンセリングをしながら、患者さんに似合うウィッグを選びます

“医療美容師”という言葉はランブスがつくった造語だそう。最初は医療用ウィッグを切ってその人に似合わせるという意味だけだったのが、それはもはや当然のことで現在はウィッグのカットにプラスして“がんを乗り越えるためのサポート”も提供していこうと言う想いも込められています。

時代とともに“医療美容師”に求められる変化に気づいた背景には、お客さま自体の変化にあります。

「ウィッグ似合わせ美容室を始めた2009年ごろは、お客さまのお葬式によく参列していました。それが今ではかなり少なくなって、生活習慣の改善や食べ物のお話をしながら施術をすることが多くなったんです。医療の進歩もあり、がん患者の生存率が大きく改善されたことで、皆さん健康への意識が高まっていることを感じます。もちろん、亡くなられる方もいらっしゃいますが、サロンに通って元気を取り戻される方が増えているのは確かです」と岡田さん。

現在、協会の会員は全部で670名ほど。うち、“医療美容師”が約454名。“医療美容師”はまだまだ全国に不足している状況です。

岡田さんは続けます。「2人に1人ががんに罹る時代。ウィッグ生活になったお客さまから連絡がきたり、今元気なお客さまががんに罹ることも珍しいことではありません。そんな時にもお客さまに寄り添うことがこれからの美容師に求められるのではないでしょうか」

体のケアや美容、健康の話をしながらヘッドソーマを施術する岡田さん。
患者さんと直接お話しすることで、医療美容師の必要性を肌で感じられるそう

ウィッグが必要になったら、
必ずウィッグの知識をもった美容師さんのもとへ

ウィッグが必要になったがん患者さんが、美容室を探すポイントを豊さんは次のように教えてくれました。

「現在、ウィッグを取り扱う美容室は増えてきていますが、ウィッグの知識がある美容室を選ぶことが1番大事です。ウィッグと人毛ではカットの仕方が全く違うので」

実は、豊さんのサロンには、他の美容室でカットを失敗したウィッグを持ってこられる方も少なくないと言います。

「ウィッグ屋さんはウィッグの知識はあっても人の髪の毛の知識があまりないんですね。逆に美容師はウィッグの知識があまりありません。ウィッグをカットするのは両方の知識が必ず必要になります。

美容師がウィッグの知識を持たずにカットすると、前髪がズレてしまったり切りのこしがあったりして、私たちがん患者は本当に辛い思いをします。せっかく何万や数十万円もするウィッグを買って自分に似合うようにカットしてもらったのに…。自分じゃない気がするんですよね、髪の毛が似合っていないと。病気のことも考えないとあかんし、家族のこと仕事のことも…髪のことも気になるし…、本当にがんに罹ると辛いんですよ。

ヘアスタイルを整えることで、心が整って患者さんの気持ちが前に向き、社会復帰への不安を軽くできるのが“医療美容師”だと思っています」

医療美容師を日本、いや世界に広めていきたい

「現場にいるからわかるのですが、美容師もハードな仕事なので病気になりやすかったり、体を崩す方も多いです。ランブスの講習を受けることによって、まずは自身の健康を考えるきっかけにもなります。また、がん患者さんの接客は通常の接客とはまったく異なります。

ウィッグのカットの後、お客さまの表情が明らかに変わります。普段の美容室ではできないことが、ここではできるので感動して泣かれるお客さまも多いですよ。美容師では味わうことのできない感動に触れることができ、“医療美容師”はとてもやりがいがある仕事です」と、岡田さんは情熱をこめて話します。

岡田さんの「いきましょう!」という声がけに賛同し、東日本大震災のとき、ランブス立ち上メンバーとお店のスタッフで南三陸町へ月に一度6ヶ月のボランティアに行きました。支援品の運搬や避難所となっていた小学校で医療美容師としてカット等もおこないました

豊さんが使命として活動していること。その1つは、美容室を通じてがんにならない生活のあり方を発信すること。「全国に約24万軒もの美容室があります。そこからお客さまに健康についての情報を提供できれば、日本からがんなんてなくなるんじゃないかな。

今、美容業界はファッション業界寄りになっている傾向がありますが、美容室は本来、地元のコミュニティの一部です。健康こそ美しくいれる一番の方法なので、もっと美容師が健康に関心を持ってお客さまに情報を発信できれば、日本を変えられるぐらいの影響力を美容師は持っていると思っています」と、豊さんは言います。

もう1つ、豊さんが構想を描いていることがあります。「アメリカのノースカロライナ州では、がんに罹って抗がん剤で脱毛するためアピアランスケアが必要な患者さんには専門の美容師がつきます。医者・看護師・美容師が一緒にがん患者をサポートしていくのです。それがまさに“医療美容師”。まずは日本にもっとランブスを広めて、その後はランブスインターナショナルを作らなあかんなって話しているところです」

最後に、豊さんはがん経験者としての思いを語りました。

「病気になった方っていうのはメッセンジャーの役割があると思います。自分の気づきや、その時の想いなどはきっと他の誰かのためになります。自分が経験したからこそ、相手にも伝わりやすくなると思います。せっかく病気になったんやったら、周りの大事な人のために想いを伝えていきましょう!」

【インタビュー記事担当者】

編集長:上田あい子

編集ライター:友永真麗

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